荘子 / 山木
孔子曰:「善哉!」辭其交遊,去其弟子,逃於大澤;衣裘褐,食杼栗;入獸不亂群,入鳥不亂行。鳥獸不惡,而況人乎!
新字:孔子曰:「善哉!」辞其交遊,去其弟子,逃於大沢;衣裘褐,食杼栗;入獣不乱群,入鳥不乱行。鳥獣不悪,而況人乎!
書き下し
孔子曰く、「善いかな」と。其の交遊を辞し、其の弟子を去り、大沢に逃る。裘褐(きゅうかつ)を衣(き)、杼栗(ちょりつ)を食らう。獣に入りて群を乱さず、鳥に入りて行を乱さず。鳥獣すら悪(にく)まず。而るを況んや人をや。
現代語訳
孔子は「見事だ」と言った。そして交際をやめ、弟子たちのもとを去り、大きな沼沢地に隠れた。粗末な皮衣を着て、どんぐりや栗を食べた。獣の群れに入っても群れを乱さず、鳥の中に入っても列を乱さなかった。鳥や獣ですら彼を嫌わない。まして人がどうして嫌おうか。
解説
打ちのめされた孔子が、すべてを捨てて隠れるという一段です。交際をやめ、弟子を去り、粗末なものを着て、どんぐりを食べる。ここまで削ぎ落とした結果、何が起きたか。「獣の群れに入っても群れを乱さない」。存在感が消えたのです。存在感がないから、誰も警戒しない。鳥獣すら嫌わない。私たちは、存在感を高めることを目指します。しかし存在感とは、周囲に緊張を強いることでもあります。いてもいなくても場が乱れない。それは、無価値ではなく、最も高度な溶け込み方なのです。
この章句が説くこと
入獣不乱群存在感を消す溶け込む削ぎ落とした後処世
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