荘子 / 山木
任曰:「予嘗言不死之道。東海有鳥焉,其名曰意怠。其為鳥也,翂翂翐翐,而似無能;引援而飛,迫脅而棲;進不敢為前,退不敢為後;食不敢先嘗,必取其緒。是故其行列不斥,而外人卒不得害,是以免於患。直木先伐,甘井先竭。子其意者飾知以驚愚,修身以明汙,昭昭乎若揭日月而行,故不免也。昔吾聞之大成之人曰:『自伐者無功,功成者墮,名成者虧。』孰能去功與名而還與眾人!道流而不明居,得行而不名處;純純常常,乃比於狂;削跡捐勢,不為功名。是故無責於人,人亦無責焉。至人不聞,子何喜哉?」
新字:任曰:「予嘗言不死之道。東海有鳥焉,其名曰意怠。其為鳥也,翂翂翐翐,而似無能;引援而飛,迫脅而棲;進不敢為前,退不敢為後;食不敢先嘗,必取其緒。是故其行列不斥,而外人卒不得害,是以免於患。直木先伐,甘井先竭。子其意者飾知以驚愚,修身以明汚,昭昭乎若掲日月而行,故不免也。昔吾聞之大成之人曰:『自伐者無功,功成者堕,名成者虧。』孰能去功与名而還与衆人!道流而不明居,得行而不名処;純純常常,乃比於狂;削跡捐勢,不為功名。是故無責於人,人亦無責焉。至人不聞,子何喜哉?」
書き下し
任曰く、「予嘗(こころ)みに不死の道を言わん。東海に鳥有り。其の名を意怠(いたい)と曰う。其の鳥為(た)るや、翂翂翐翐(ふんぷんちつちつ)として、能無きに似たり。援(ひ)かれて飛び、迫り脅(せま)られて棲む。進みては敢えて前を為さず、退きては敢えて後(しりえ)を為さず。食らうには敢えて先に嘗めず、必ず其の緒(あまり)を取る。是の故に其の行列に斥(しりぞ)けられず、而して外人も卒(つい)に害するを得ず。是を以て患いを免る。直木(ちょくぼく)は先ず伐られ、甘井(かんせい)は先ず竭(つ)く。子は其れ意(おも)うに知を飾りて以て愚を驚かし、身を修めて以て汙(お)を明らかにす。昭昭乎として日月を揭げて行くが若し。故に免れざるなり。昔吾之を大成の人に聞けり。曰く、『自ら伐(ほこ)る者は功無く、功成る者は堕(お)ち、名成る者は虧(か)く』と。孰(たれ)か能く功と名とを去りて衆人に還らんや。道流れて明らかに居らず、徳行われて名に処らず。純純常常(じゅんじゅんじょうじょう)として、乃ち狂に比す。跡を削り勢を捐(す)て、功名を為さず。是の故に人に責むる無く、人も亦た焉に責むる無し。至人は聞こえず。子は何ぞ喜ぶや」と。
現代語訳
大公任は言った。「死なない道を語ってみよう。東海に鳥がいて、名を意怠という。この鳥は、ばたばたと不器用に飛び、無能に見える。仲間に引かれてようやく飛び、追い立てられてようやく止まる。進む時は先頭に立とうとせず、退く時は最後尾になろうとしない。食べる時は真っ先に口をつけず、必ず余りものを取る。だから群れから追い出されず、外敵にも結局は害されない。こうして災いを免れている。真っ直ぐな木は真っ先に伐られ、甘い水の井戸は真っ先に涸れる。思うにあなたは、知恵を飾って愚か者を驚かせ、身を修めて他人の汚れを際立たせている。まるで日月を掲げて歩くように、光り輝いている。だから災いを免れないのだ。昔、私は大成した人からこう聞いた。『自分を誇る者に功はなく、功を成した者は落ち、名を成した者は欠ける』と。誰が、功と名を捨てて凡人に戻れようか。道は流れていても、それを明らかにして居座らない。徳が行われても、名声にとどまらない。純朴で平凡で、まるで狂人のようだ。足跡を消し、権勢を捨て、功名を求めない。だから人を責めることもなく、人からも責められない。至人の名は聞こえない。あなたはなぜ、名が知られることを喜ぶのか」と。
解説
この章句が説くこと
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