荘子 / 山木
北宮奢為衛靈公賦斂以為鐘,為壇乎國門之外,三月而成上下之縣。王子慶忌見而問焉,曰:「子何術之設?」奢曰:「一之間,無敢設也。奢聞之:『既彫既琢,復歸於朴。』侗乎其無識,儻乎其怠疑;萃乎芒乎,其送往而迎來;來者勿禁,往者勿止;從其彊梁,隨其曲傅,因其自窮。故朝夕賦斂而毫毛不挫,而況有大塗者乎!」
新字:北宮奢為衛霊公賦斂以為鐘,為壇乎国門之外,三月而成上下之県。王子慶忌見而問焉,曰:「子何術之設?」奢曰:「一之間,無敢設也。奢聞之:『既彫既琢,復帰於朴。』侗乎其無識,儻乎其怠疑;萃乎芒乎,其送往而迎来;来者勿禁,往者勿止;従其彊梁,随其曲傅,因其自窮。故朝夕賦斂而毫毛不挫,而況有大塗者乎!」
書き下し
北宮奢(ほくきゅうしゃ)衛の霊公の為に賦斂(ふれん)して以て鐘を為(つく)る。壇を国門の外に為り、三月にして上下の県(かけがね)を成す。王子慶忌(けいき)見て焉に問いて曰く、「子は何の術をか設けたるか」と。奢曰く、「一の間、敢えて設くる無し。奢之を聞く、『既に彫り既に琢(みが)けば、復た朴に帰る』と。侗乎(とうこ)として其れ識る無く、儻乎(とうこ)として其れ怠疑(たいぎ)す。萃乎(すいこ)芒乎(ぼうこ)として、其れ往くを送りて来たるを迎う。来たる者は禁ずる勿(な)かれ、往く者は止むる勿かれ。其の彊梁(きょうりょう)に従い、其の曲傅(きょくふ)に随い、其の自ら窮まるに因る。故に朝夕賦斂して毫毛(ごうもう)も挫(そこな)わず。而るを況んや大塗(たいと)有る者をや」と。
現代語訳
北宮奢が衛の霊公のために税を集めて鐘を鋳造した。国門の外に壇を築き、三か月で上下二段の鐘を吊るす架台を完成させた。王子慶忌がそれを見て尋ねた。「あなたはどんな手法を使ったのか」。奢は言った。「専一に集中している間は、手法など使う余地はありません。私はこう聞いています。『彫り尽くし磨き尽くせば、また素朴なところに戻る』と。ぼんやりとして何も知らないようであり、たゆたうようにためらっているようでもある。群がり集まり、ぼんやりとしながら、去る者を送り、来る者を迎える。来る者は拒まず、去る者は引き止めない。強引な者にはそのまま従い、曲がった者にはそのまま付き合い、自ずと行き詰まるのに任せる。だから、朝な夕なに税を集めても、誰の毛一本も傷つけなかった。まして、大いなる道を歩む者ならなおさらでしょう」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・山木君曰く、「彼の其の道は幽遠にして人無し。吾誰と与(とも)にか鄰を為さん。吾に糧無く、我に食無し。安(いず)くんぞ得て焉(そこ)に至らんや」と。市南子曰く、「君の費を少なくし、君の欲を寡(すく)なくせば、糧無しと雖も乃ち足らん。君其れ江を渉りて海に浮かべば、之を望むも其の崖を見ず、愈(いよい)よ往きて其の窮まる所を知らず。君を送る者は皆な崖より反り、君は此より遠からん。故に人を有(たも)つ者は累(わずら)い、人に有たるる者は憂う。故に堯は人を有つに非ず、人に有たるるに非ざるなり。吾願わくは君の累を去り、君の憂いを除きて、独り道と大莫(たいばく)の国に遊ばんことを。舟を方(なら)べて河を済(わた)るに、虚船(きょせん)の来たりて舟に触るる有らば、惼心(へんしん)の人有りと雖も怒らず。一人其の上に在れば、則ち呼びて之を張歙(ちょうきゅう)せしむ。一たび呼びて聞かれず、再び呼びて聞かれず、是に於いて三たび呼ばば、則ち必ず悪声を以て之に随わん。向(さき)には怒らずして今は怒るは、向には虚にして今は実なればなり。人能く己を虚しくして以て世に遊べば、其れ孰(たれ)か能く之を害せんや」と。
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荘子・達生梓慶(ししょう)木を削りて鐻(きょ)を為(つく)る。鐻成りて、見る者は驚くこと猶お鬼神のごとし。魯侯見て焉に問いて曰く、「子は何の術を以て焉を為せるか」と。対えて曰く、「臣は工人なり。何の術か之れ有らん。然りと雖も、一有り。臣将に鐻を為らんとするに、未だ嘗て敢えて気を耗(もう)せざるなり。必ず斉(さい)して以て心を静かにす。斉すること三日にして、敢えて慶賞爵禄を懐(おも)わず。斉すること五日にして、敢えて非誉巧拙(ひよこうせつ)を懐わず。斉すること七日にして、輒然(ちょうぜん)として吾に四枝形体有るを忘る。是の時に当たるや、公朝無し。其の巧は専らにして外骨(がいこつ)消ゆ。然る後に山林に入り、天性を観る。形躯(けいく)至れり。然る後に成れる鐻を見る。然る後に手を焉に加う。然らずんば則ち已(や)む。則ち天を以て天に合す。器の神を疑わるる所以は、其れ是か」と。
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荘子・山木孔子曰く、「敬みて命を聞けり」と。徐行翔佯(しょうよう)して帰り、学を絶ち書を捐(す)つ。弟子は前に挹(ゆう)する無きも、其の愛は益ます加わり進む。
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荘子・知北遊荘子曰く、「夫子の問いや、固より質(ただ)すに足らず。正獲(せいかく)の監市(かんし)に問うに狶(ぶた)を履(ふ)むや、下る毎に愈よ況(あき)らかなり。汝は唯だ必とする莫かれ。物を逃るる無し。至道は是(かく)の若し。大言も亦た然り。周・遍・咸(かん)の三者は、名を異にして実を同じくす。其の指は一なり。嘗みに相与に無何有の宮に游び、同合して論ぜば、終窮する所無からんか。嘗みに相与に無為ならんか。澹(たん)にして静かならんか。漠にして清からんか。調いて閒(かん)ならんか。寥(りょう)として已(すで)に吾が志、往く無くして其の至る所を知らず。去りて来たりて其の止まる所を知らず。吾已に往来して其の終わる所を知らず。馮閎(ひょうこう)に彷徨すれば、大知焉(ここ)に入りて其の窮まる所を知らず。物を物とする者は物と際(さかい)無し。而して物に際有るは、所謂物際なる者なり。不際の際、際の不際なる者なり。盈虚衰殺(えいきょすいさい)を謂うも、彼は盈虚を為して盈虚に非ず、彼は衰殺を為して衰殺に非ず、彼は本末を為して本末に非ず、彼は積散を為して積散に非ざるなり」と。
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荘子・山木異日、桑雽又た曰く、「舜の将に死せんとするや、真泠(しんれい)して禹に曰く、『汝之を戒めよ。形は縁(したが)うに若くは莫く、情は率(したが)うに若くは莫し。縁えば則ち離れず、率えば則ち労せず。離れず労せざれば、則ち文を求めて以て形を待たず。文を求めて以て形を待たざれば、固より物を待たず』と」。
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荘子・秋水河伯曰く、「然らば則ち我何をか為さんか、何をか為さざらんか。吾が辞受趣舎(じじゅしゅしゃ)、吾終(つい)に奈何せん」と。北海の若曰く、「道を以て之を観れば、何をか貴しとし何をか賎しとせん。是を反衍(はんえん)と謂う。而(なんじ)の志を拘(こだ)わる無かれ。道と大いに蹇(そむ)かん。何をか少なしとし何をか多しとせん。是を謝施(しゃし)と謂う。一に行うこと無かれ。道と参差(しんし)たらん。厳乎(げんこ)として国の君有るが若し。其れ私徳無し。繇繇乎(ゆうゆうこ)として祭の社有るが若し。其れ私福無し。泛泛乎(はんぱんこ)として其れ四方の窮まり無きが若し。其れ畛域(しんいき)とする所無し。兼ねて万物を懐(いだ)く。其れ孰(たれ)をか承翼(しょうよく)せん。是を無方と謂う。万物は一斉なり。孰か短く孰か長からん。道に終始無く、物に死生有り。其の成に恃(たの)まず。一たびは虚しく一たびは満つ。其の形に位せず。年は挙ぐべからず、時は止むべからず。消息盈虚(しょうそくえいきょ)、終われば則ち始め有り。是れ大義の方を語り、万物の理を論ずる所以なり。物の生ずるや驟(はし)るが若く馳するが若し。動きて変ぜざる無く、時として移らざる無し。何をか為さんか、何をか為さざらんか。夫れ固より将に自ら化せんとす」と。
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