荘子 / 山木
市南宜僚見魯侯,魯侯有憂色。市南子曰:「君有憂色,何也?」魯侯曰:「吾學先王之道,修先君之業,吾敬鬼尊賢,親而行之,無須臾離居,然不免於患,吾是以憂。」
新字:市南宜僚見魯侯,魯侯有憂色。市南子曰:「君有憂色,何也?」魯侯曰:「吾学先王之道,修先君之業,吾敬鬼尊賢,親而行之,無須臾離居,然不免於患,吾是以憂。」
書き下し
市南宜僚(しなんぎりょう)魯侯に見(まみ)ゆ。魯侯憂色有り。市南子曰く、「君に憂色有るは、何ぞや」と。魯侯曰く、「吾は先王の道を学び、先君の業を修む。吾は鬼を敬い賢を尊び、親しく之を行いて、須臾(しゅゆ)も離居する無し。然れども患いを免れず。吾是を以て憂う」と。
現代語訳
市南宜僚が魯の君主に会った。君主は憂いの色を浮かべていた。市南子は「あなたが憂えておられるのは、なぜですか」と尋ねた。魯侯は言った。「私は昔の王の道を学び、先君の事業を守っている。神を敬い、賢者を尊び、自ら実践して、ほんの一瞬も離れたことがない。それでも災いを免れない。だから憂えているのだ」。
解説
非の打ちどころのない君主が、それでも災いを免れないと嘆く一段です。彼は学び、守り、敬い、尊び、自ら実践しています。一瞬も怠っていません。それなのに、うまくいかない。この訴えには、切実なものがあります。正しくやっているのに報われない。これほど納得しがたい状況はありません。そして彼は、その原因を外に探しています。何が足りないのか、と。次の段で、市南子は彼の前提そのものをひっくり返します。足りないのではなく、持ちすぎているのだ、と。
この章句が説くこと
魯侯の憂い正しくやっても報われない原因を外に探す前提を疑う
関連する章句
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荘子・山木市南子曰く、「君の患いを除くの術は浅し。夫れ豊狐文豹(ほうこぶんぴょう)は、山林に棲み、巌穴に伏す。静なり。夜行き昼居る。戒なり。飢渇隠約(きかついんやく)すと雖も、猶お旦(あした)に江湖の上に胥疏(しょそ)して食を求む。定なり。然り且つ罔羅(もうら)機辟(きへき)の患いを免れず。是れ何の罪か之れ有らんや。其の皮之が災いを為すなり。今魯国は独り君の皮に非ざるか。吾願わくは君、形を刳(えぐ)り皮を去り、心を洒(あら)い欲を去りて、無人の野に遊ばんことを。南越に邑(むら)有り、名づけて建徳の国と為す。其の民は愚にして朴、私少なく欲寡(すく)なし。作るを知りて蔵するを知らず、与えて其の報を求めず。義の適する所を知らず、礼の将(おこな)う所を知らず。猖狂(しょうきょう)妄行して、乃ち大方を蹈(ふ)む。其の生は楽しむべく、其の死は葬るべし。吾願わくは君、国を去り俗を捐(す)て、道と相輔(あいたす)けて行かんことを」と。
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荘子・山木君曰く、「彼の其の道は遠くして険なり。又た江山有り。我に舟車無し。奈何(いかん)せん」と。市南子曰く、「君、形倨(けいきょ)なる無く、留居(りゅうきょ)する無くんば、以て舟車と為さん」と。
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