荘子 / 達生
工倕旋而蓋規矩,指與物化,而不以心稽,故其靈臺一而不桎。忘足,履之適也;忘要,帶之適也;知忘是非,心之適也;不內變,不外從,事會之適也。始乎適而未嘗不適者,忘適之適也。
新字:工倕旋而蓋規矩,指与物化,而不以心稽,故其靈台一而不桎。忘足,履之適也;忘要,帯之適也;知忘是非,心之適也;不內変,不外従,事会之適也。始乎適而未嘗不適者,忘適之適也。
書き下し
工倕(こうすい)旋(めぐ)らして規矩を蓋(おお)う。指と物と化して、心を以て稽(かんが)えず。故に其の霊台は一にして桎(しつ)せず。足を忘るるは、履(くつ)の適(かな)えるなり。要(こし)を忘るるは、帯の適えるなり。是非を忘るるを知るは、心の適えるなり。内に変ぜず、外に従わざるは、事会(じかい)の適えるなり。適に始まりて未だ嘗て適せずんばあらざる者は、適を忘るるの適なり。
現代語訳
名工の工倕が手を回して描けば、コンパスや定規で描いたものを凌ぐ。指が物と一体になり、心で考えることがない。だから彼の心の台座は一つに定まり、縛られることがない。足を忘れるのは、靴がぴったり合っているからだ。腰を忘れるのは、帯がぴったり合っているからだ。是非を忘れられるのは、心がぴったり合っているからだ。内が変わらず、外に流されないのは、事のめぐり合わせがぴったり合っているからだ。ぴったり合った状態から始まり、一度もぴったり合わない状態にならない者。それが『合っていることすら忘れている』という境地だ。
解説
「忘足、履之適也」という名句を含む一段です。靴がぴったり合っていれば、足の存在を忘れる。帯がぴったり合っていれば、腰を忘れる。合っていないから、意識するのです。この観察は見事で、そのまま人間関係にも仕事にも当てはまります。合っている相手とは、気を遣っている自覚がありません。合っている仕事は、やっている感覚が薄い。逆に、気を遣っていると自覚する時、そこには合っていない何かがあります。そして究極は「合っていることすら忘れている」状態。快適さを感じないほど快適なのが、本当に合っているということなのです。