荘子 / 至楽
莊子之楚,見空髑髏,髐然有形,撽以馬捶,因而問之曰:「夫子貪生失理,而為此乎?將子有亡國之事,斧鉞之誅,而為此乎?將子有不善之行,愧遺父母妻子之醜,而為此乎?將子有凍餒之患,而為此乎?將子之春秋故及此乎?」於是語卒,援髑髏枕而臥。
新字:荘子之楚,見空髑髏,髐然有形,撽以馬捶,因而問之曰:「夫子貪生失理,而為此乎?将子有亡国之事,斧鉞之誅,而為此乎?将子有不善之行,愧遺父母妻子之醜,而為此乎?将子有凍餒之患,而為此乎?将子之春秋故及此乎?」於是語卒,援髑髏枕而臥。
書き下し
荘子楚に之く。空髑髏(くうどくろ)を見る。髐然(こうぜん)として形有り。撽(う)つに馬捶(ばすい)を以てし、因りて之に問いて曰く、「夫子は生を貪り理を失いて、此を為せるか。将(は)た子に亡国の事、斧鉞(ふえつ)の誅有りて、此を為せるか。将た子に不善の行有り、父母妻子に醜(はじ)を遺すを愧じて、此を為せるか。将た子に凍餒(とうだい)の患い有りて、此を為せるか。将た子の春秋故(もと)より此に及べるか」と。是に於いて語り卒(お)わり、髑髏を援(ひ)きて枕として臥す。
現代語訳
荘子が楚へ行く途中、うつろな髑髏を見つけた。乾ききっているが、形はまだ残っている。荘子は馬の鞭でそれを叩き、こう問いかけた。「あなたは生に執着して道理を失い、こうなったのか。それとも国が滅び、斧の刑を受けて、こうなったのか。それとも悪い行いをして、父母や妻子に恥を残すのを恥じて、こうなったのか。それとも凍えと飢えに苦しんで、こうなったのか。それとも、ただ寿命が来て、こうなったのか」。そう語り終えると、髑髏を引き寄せて枕にして横になった。
解説
髑髏に語りかけ、しかも枕にして眠るという、荘子らしい奇妙な一段です。荘子が並べる五つの死因が興味深い。生への執着、政変、悪事、貧困、そして寿命。このうち四つは、何かの失敗による死です。私たちも、死を語る時にはたいてい「なぜそうなったのか」を問います。原因を探し、責任を探す。しかし荘子は、問い終わるとその髑髏を枕にして眠ってしまう。追及の姿勢が、いつのまにか親密さに変わっているのです。死者を裁くのではなく、隣で眠る。この転換が、次の段への伏線になります。
この章句が説くこと
空髑髏五つの死因原因探し枕にして眠る
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