荘子 / 至楽
夫天下之所尊者,富貴壽善也;所樂者,身安、厚味、美服、好色、音聲也;所下者,貧賤夭惡也;所苦者,身不得安逸,口不得厚味,形不得美服,目不得好色,耳不得音聲;若不得者,則大憂以懼。其為形也亦愚哉!
新字:夫天下之所尊者,富貴寿善也;所楽者,身安、厚味、美服、好色、音声也;所下者,貧賤夭悪也;所苦者,身不得安逸,口不得厚味,形不得美服,目不得好色,耳不得音声;若不得者,則大憂以懼。其為形也亦愚哉!
書き下し
夫れ天下の尊ぶ所の者は、富貴寿善なり。楽しむ所の者は、身安、厚味、美服、好色、音声なり。下(いや)しむ所の者は、貧賎夭悪なり。苦しむ所の者は、身安逸を得ず、口厚味を得ず、形美服を得ず、目好色を得ず、耳音声を得ざるなり。若し得ざれば、則ち大いに憂えて以て懼(おそ)る。其の形を為(おさ)むるや亦た愚なるかな。
現代語訳
天下の人が尊ぶものは、富、地位、長寿、名声である。楽しむものは、体の安楽、美味、美しい衣服、美色、音楽である。見下すものは、貧しさ、賤しさ、短命、悪評である。苦しむのは、体が安楽を得られず、口が美味を得られず、身が美しい衣服を得られず、目が美色を得られず、耳が音楽を得られないことである。もしそれらが得られなければ、ひどく憂え、恐れる。そうやって体を養っているつもりなのは、なんと愚かなことか。
解説
人が尊ぶもの、楽しむもの、見下すもの、苦しむもの。それを冷徹に並べた一段です。並べ終わって荘子が言うのは、たった一言、「愚かだ」。私たちが必死に追いかけ、失うことを恐れているものは、実にありふれた五つです。安楽、美味、美服、美色、音楽。それらを得るために働き、失うことに怯えている。それを「体を養っている」と呼んでいるが、実は体をすり減らしているだけではないか。並べられてみると、確かにその通りだと気づかされます。ただし荘子は、これを否定して終わりません。次の段で、その先を語ります。
この章句が説くこと
富貴寿善五つの楽しみ失うことへの恐れ其為形也亦愚
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