荘子 / 秋水
夔憐蚿,蚿憐蛇,蛇憐風,風憐目,目憐心。
書き下し
夔(き)は蚿(けん)を憐れみ、蚿は蛇を憐れみ、蛇は風を憐れみ、風は目を憐れみ、目は心を憐れむ。
現代語訳
一本足の夔は、たくさんの足を持つヤスデを羨んだ。ヤスデは足のない蛇を羨んだ。蛇は形のない風を羨んだ。風は動かずに見る目を羨んだ。目は、見ずして知る心を羨んだ。
解説
たった一行で、羨望の連鎖を描いた一段です。一本足は多足を羨み、多足は足なしを羨み、足なしは形なしを羨み、形なしは目を羨み、目は心を羨む。誰もが、自分にないものを羨んでいます。そして面白いのは、羨まれている側もまた、別の何かを羨んでいることです。どこにも、満足している者がいません。私たちも同じで、誰かの能力や環境を羨みますが、その人もまた誰かを羨んでいます。連鎖には終わりがなく、行き着く先もありません。この一行は、その滑稽さを鮮やかに映し出しています。
この章句が説くこと
羨望の連鎖夔憐蚿ないものねだり終わりのない比較
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荘子・秋水夔蚿に謂いて曰く、「吾は一足を以て趻踔(ちんたく)して行く。予(われ)は如(し)くもの無し。今子の万足を使うは、独り奈何」と。蚿曰く、「然らず。子は夫の唾(つばき)する者を見ずや。噴けば則ち大なる者は珠の如く、小なる者は霧の如し。雑わりて下る者は勝(あ)げて数うべからず。今予は吾が天機を動かして、其の然る所以を知らず」と。
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荘子・秋水秋水時に至り、百川河に灌(そそ)ぐ。涇流(けいりゅう)の大なる、両涘(りょうし)渚崖(しょがい)の間、牛馬を辯(べん)ぜず。是に於いてか河伯(かはく)欣然(きんぜん)として自ら喜び、天下の美を以て尽く己に在りと為す。流れに順いて東行し、北海に至る。東面して視るに、水の端(はし)を見ず。是に於いてか河伯始めて其の面目を旋(めぐ)らし、洋を望みて若(じゃく)に向かいて歎じて曰く、「野語に之れ有り、曰く『道を聞くこと百にして、以て己に若(し)く莫しと為す』とは、我の謂いなり。且つ夫れ我嘗て仲尼の聞を少(すく)なしとして伯夷の義を軽んずる者を聞けり。始め吾は信ぜず。今我子の窮め難きを睹(み)る。吾子の門に至るに非ずんば則ち殆(あや)うからん。吾長(とこ)しえに大方の家に笑わるるならん」と。
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荘子・徐無鬼知士は思慮の変無ければ則ち楽しまず。辯士は談説の序無ければ則ち楽しまず。察士は淩誶(りょうすい)の事無ければ則ち楽しまず。皆な物に囿(かこ)わるる者なり。世を招くの士は朝に興り、民に中(あた)るの士は官に栄え、筋力の士は難を矜(ほこ)り、勇敢の士は患いに奮い、兵革の士は戦を楽しみ、枯槁の士は名に宿り、法律の士は治を広め、礼教の士は容を敬い、仁義の士は際(まじわり)を貴ぶ。農夫は草萊(そうらい)の事無ければ則ち比(したし)まず。商賈(しょうこ)は市井の事無ければ則ち比まず。庶人は旦暮の業有れば則ち勧(つと)む。百工は器械の巧有れば則ち壮んなり。銭財積まざれば則ち貪る者憂う。権勢尤(すぐ)れざれば則ち夸(ほこ)る者悲しむ。勢物の徒は変を楽しむ。時に遭いて用うる所有り、無為なる能わざるなり。此れ皆な歳に順比して、易に物とせざる者なり。其の形性を馳せ、之を万物に潜め、身を終うるまで反らず。悲しいかな。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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