荘子 / 繕性
古之人在混芒之中,與一世而得澹漠焉。當是時也,陰陽和靜,鬼神不擾,四時得節,萬物不傷,群生不夭,人雖有知,無所用之,此之謂至一。當是時也,莫之為而常自然。
新字:古之人在混芒之中,与一世而得澹漠焉。当是時也,陰陽和静,鬼神不擾,四時得節,万物不傷,群生不夭,人雖有知,無所用之,此之謂至一。当是時也,莫之為而常自然。
書き下し
古の人は混芒(こんぼう)の中に在り、一世と与に澹漠(たんばく)を得たり。是の時に当たるや、陰陽和静にして、鬼神擾(みだ)さず、四時節を得て、万物傷つかず、群生夭(よう)せず。人に知有りと雖も、之を用うる所無し。此を之れ至一と謂う。是の時に当たるや、之を為す莫くして常に自然なり。
現代語訳
昔の人は混沌とした中にいて、世の中とともに淡々とした静けさを得ていた。その時代には、陰と陽は調和して静かで、鬼神も乱さず、四季は節目どおりに巡り、万物は傷つかず、生き物は若死にしなかった。人に知恵があっても、それを使う場面がなかった。これを『至高の一』という。その時代には、誰も何もしないのに、常に自ずとそうなっていた。
解説
理想の世を「人に知恵があっても、使う場面がなかった」と描く一段です。知恵がなかったのではありません。あったのに、必要がなかったのです。ここが面白い。問題が起きないから、解決する知恵の出番がない。私たちは知恵や工夫を誇りますが、それが必要になっているということは、何かが壊れているということでもあります。トラブルシューティングの名人がいる職場は、トラブルが多い職場です。知恵の出番がない状態。それが最も良い状態なのかもしれません。
この章句が説くこと
至一知恵の出番がない莫之為而常自然問題が起きない理念無為
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