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荘子 / 刻意

夫有干、越之劍者,柙而藏之,不敢用也,寶之至也。精神四達並流,無所不極,上際於天,下蟠於地,化育萬物,不可為象,其名為同帝。純素之道,惟神是守,守而勿失,與神為一,一之精通,合於天倫。野語有之曰:「眾人重利,廉士重名,賢人尚志,聖人貴精。」故素也者,謂其無所與雜也;純也者,謂其不虧其神也。能體純素,謂之真人。

新字:夫有干、越之剣者,柙而蔵之,不敢用也,宝之至也。精神四達並流,無所不極,上際於天,下蟠於地,化育万物,不可為象,其名為同帝。純素之道,惟神是守,守而勿失,与神為一,一之精通,合於天倫。野語有之曰:「眾人重利,廉士重名,賢人尚志,聖人貴精。」故素也者,謂其無所与雑也;純也者,謂其不虧其神也。能体純素,謂之真人。

書き下し

夫れ干(かん)・越の剣有る者は、柙(はこ)して之を蔵し、敢えて用いざるは、宝の至りなり。精神は四達(したつ)並流して、極まらざる所無し。上は天に際(いた)り、下は地に蟠(わだかま)り、万物を化育す。象(かたど)るべからず。其の名を同帝と為す。純素の道は、惟だ神是れ守る。守りて失う勿(な)ければ、神と一と為る。一の精通は、天倫に合す。野語に之れ有り、曰く、「衆人は利を重んじ、廉士は名を重んじ、賢人は志を尚(たっと)び、聖人は精を貴ぶ」と。故に素なる者は、其の与(とも)に雑わる所無きを謂うなり。純なる者は、其の神を虧(か)かざるを謂うなり。能く純素を体する、之を真人と謂う。

現代語訳

呉や越の名剣を持つ者は、箱に収めて大切にしまい、あえて使わない。それが宝を宝として扱うということだ。精神は四方に行き渡り、流れ広がって、届かないところがない。上は天に達し、下は地に蟠り、万物を育てる。形にたとえることはできない。その名を『天帝と同じもの』という。純粋で素朴な道は、ただ精神を守ることだけを求める。守って失わなければ、精神と一つになる。一つになった精髄は、天の秩序と合致する。里の言い伝えにこうある。「常人は利を重んじ、清廉な士は名を重んじ、賢人は志を尊び、聖人は精髄を貴ぶ」と。だから『素』とは、何ものとも混じらないことをいい、『純』とは、精神を欠けさせないことをいう。純と素を体現できる者、これを真人という。

解説

刻意篇を締めくくる一段です。名剣を持つ者は、それを箱に収めて使わない。宝を宝として扱うとは、そういうことだと言います。持っているものを、常に振り回さない。力を持っているからといって、使い続ければ刃こぼれします。そして「常人は利、清廉な士は名、賢人は志、聖人は精髄を貴ぶ」という言葉。利から名へ、名から志へ、志から精髄へ。段階が上がるほど、外から見えにくくなっていきます。最も高いものは、誰にも見えません。純とは精神を欠けさせないこと、素とは何とも混じらないこと。守るべきは、そこだけなのです。

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