荘子 / 刻意
故曰:純粹而不雜,靜一而不變,惔而無為,動而以天行,此養神之道也。
新字:故曰:純粋而不雑,静一而不変,惔而無為,動而以天行,此養神之道也。
書き下し
故に曰く、純粋にして雑わらず、静一にして変ぜず、惔にして無為、動きて天を以て行う。此れ神を養うの道なり。
現代語訳
だから言うのだ。純粋で混じり気がなく、静かに一つに定まって変わらず、淡々として何もせず、動く時は天のあり方に従って動く。これが精神を養う道である。
解説
刻意篇の結論に近い一段です。ここで注目したいのは「動きて天を以て行う」という一句です。まったく動かないのではありません。動く時は動く。ただし、自分の思惑ではなく、天のあり方に従って動く。静けさとは、動かないことではなく、余計な動機で動かないことなのです。混じり気がない、定まって変わらない、淡々としている。この三つが揃った上で、必要な時に動く。これが「神を養う」、つまり精神を消耗させない道です。動くこと自体が疲れるのではありません。余計な動機で動くから、疲れるのです。
この章句が説くこと
養神之道動而以天行余計な動機静けさとは何か
関連する章句
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