荘子 / 刻意
故曰:形勞而不休則弊,精用而不已則勞,勞則竭。水之性,不雜則清,莫動則平,鬱閉而不流,亦不能清,天德之象也。
新字:故曰:形労而不休則弊,精用而不已則労,労則竭。水之性,不雑則清,莫動則平,鬱閉而不流,亦不能清,天徳之象也。
書き下し
故に曰く、形労して休せざれば則ち弊(つい)え、精用いて已(や)まざれば則ち労す。労すれば則ち竭(つ)く。水の性は、雑わらざれば則ち清く、動かす莫ければ則ち平らかなり。鬱閉して流れざれば、亦た清き能わず。天徳の象(かたち)なり。
現代語訳
だから言うのだ。体を働かせて休まなければ、疲れ果てる。精気を使い続けて止めなければ、消耗する。消耗すれば、尽き果てる。水の性質は、混じり気がなければ澄み、動かされなければ平らかである。しかし、塞き止められて流れなくなれば、やはり澄むことはできない。これが天の徳のかたちである。
解説
水を例にした、精妙な一段です。水は混じり気がなければ澄み、動かされなければ平らかになる。ここまでは「静けさ」の話です。ところが続く一文が効いています。「塞き止められて流れなくなれば、やはり澄むことはできない」。静止と、停滞は違うのです。動かないことと、流れないことは別です。休むこととは、完全に止まることではありません。流れ続けながら、揺らされない。これが天の徳の姿だと言います。忙しすぎて疲れ果てるのも問題ですが、まったく動かずに澱むのも、同じく濁りを生むのです。
この章句が説くこと
水之性不雑則清静止と停滞は違う鬱閉不流流れながら澄む柔軟性
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