荘子 / 天運
孔子不出三月,復見,曰:「丘得之矣。烏鵲孺,魚傅沫,細要者化,有弟而兄啼。久矣夫,丘不與化為人!不與化為人,安能化人!」老子曰:「可。丘得之矣。」
新字:孔子不出三月,復見,曰:「丘得之矣。烏鵲孺,魚傅沫,細要者化,有弟而兄啼。久矣夫,丘不与化為人!不与化為人,安能化人!」老子曰:「可。丘得之矣。」
書き下し
孔子出でざること三月、復た見えて曰く、「丘之を得たり。烏鵲(うじゃく)は孺(ふ)し、魚は沫(あわ)を傅(つ)け、細要(さいよう)なる者は化し、弟有れば兄啼く。久しいかな、丘の化と人(ぐう)を為さざるや。化と人を為さずんば、安(いず)くんぞ能く人を化せんや」と。老子曰く、「可なり。丘之を得たり」と。
現代語訳
孔子は三か月家に籠もり、再び老子に会って言った。「私は分かりました。カラスやカササギは卵を抱いて孵し、魚は泡をつけて子を産み、腰の細い蜂は他の虫を変化させて仲間にし、弟が生まれれば兄は泣く。長いあいだ、私はこの『変化』と友になっていませんでした。変化と友にならないで、どうして人を変えることができましょうか」。老子は言った。「よろしい。あなたは分かった」と。
解説
天運篇を締めくくる、静かな一段です。三か月籠もった孔子が出した答えは、「私は変化と友になっていなかった」というものでした。生き物はそれぞれのやり方で変化していく。カラスは卵を抱き、魚は泡で産み、弟が生まれれば兄は泣く。そのすべてが変化です。ところが自分は、変化の外に立って、人を変えようとしていた。「変化と友にならないで、どうして人を変えられようか」。この一句が、篇全体の結論です。人を変えたいなら、まず自分が変わり続けていること。動かないまま人を動かそうとするから、七十二人に断られたのです。
この章句が説くこと
不与化為人安能化人変わり続けること人を変える前に
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