荘子 / 天運
老子曰:「幸矣,子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!今子之所言,猶迹也。夫迹,履之所出,而迹豈履哉!夫白鶂之相視,眸子不運而風化;蟲,雄鳴於上風,雌應於下風而風化。類自為雌雄,故風化。性不可易,命不可變,時不可止,道不可壅。苟得其道,無自而不可;失焉者,無自而可。」
新字:老子曰:「幸矣,子之不遇治世之君也!夫六経,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!今子之所言,猶迹也。夫迹,履之所出,而迹豈履哉!夫白鶂之相視,眸子不運而風化;虫,雄鳴於上風,雌応於下風而風化。類自為雌雄,故風化。性不可易,命不可変,時不可止,道不可壅。苟得其道,無自而不可;失焉者,無自而可。」
書き下し
老子曰く、「幸いなるかな、子の治世の君に遇わざるや。夫れ六経は、先王の陳跡(ちんせき)なり。豈に其の跡(あと)とする所以ならんや。今子の言う所は、猶お迹(あと)なり。夫れ迹は、履(くつ)の出だす所なり。而して迹は豈に履ならんや。夫れ白鶂(はくげき)の相視るや、眸子(ぼうし)運(めぐ)らずして風化す。虫は、雄は上風に鳴き、雌は下風に応じて風化す。類自ら雌雄を為す。故に風化す。性は易(か)うべからず、命は変ずべからず、時は止むべからず、道は壅(ふさ)ぐべからず。苟(いやしく)も其の道を得れば、自(よ)りて可ならざる無し。焉(これ)を失う者は、自りて可なる無し」と。
現代語訳
老子は言った。「幸いなことだ、あなたが治世の君主に出会わなかったのは。六経とは、昔の王たちが残した足跡にすぎない。どうしてそれが、足跡を生み出した当のものであろうか。今あなたが語っているのは、足跡そのものだ。足跡は、靴が残したものだ。しかし足跡が靴であるはずがない。白鷺は互いを見つめ合い、瞳を動かさないだけで子をなす。虫は、雄が風上で鳴き、雌が風下で応じて子をなす。同じ種であれば、自ずと雌雄が結ばれる。だから子をなすのだ。本性は変えられず、天命は変えられず、時は止められず、道は塞げない。もし道を得ていれば、どこへ行っても通じる。道を失えば、どこへ行っても通じない」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・天運孔子老聃に謂いて曰く、「丘は《詩》《書》《礼》《楽》《易》《春秋》の六経を治むること、自ら以て久しと為す。孰(つらつ)ら其の故を知れり。以て七十二君に奸(もと)め、先王の道を論じて周・召の跡を明らかにす。一君も鉤用(こうよう)する所無し。甚だしいかな。人の説き難きや、道の明らかにし難きや」と。
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『学則』学則三夫れ六経は物なり。道具さに焉に存す。諸を行事に施して深切著明なり。聖人の空言を悪むや、天何をか言はんや、四時行はれ、百物生ず、と。教への術なり。憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず、と。夫の生ずるを竢つなり。知らしめざる者は之を愛と謂ふなり。生ずれば斯に禦ぐ無し。外より鑠するに非ざるなり。襲ひて取るに非ざるなり。故に聖人の教へは格を貴ぶ。之を行ふ者を求むるなり。故に唯だ其の物なり。聃なる者は、務めて之を言ふ者なり。夫れ之を言ふ者は、一端を明らかにする者なり。一を挙げて百を廃す、害する所以なり。後儒乃ち聃を非として、其の尤に傚ふ。之を言ひて已まず、名存して物亡ぶ。仁義道徳の説盛んにして、道益〻明らかならず。方今の世、滔滔たる者天下皆聃の徒なるかな。又た安くんぞ聖人の教への焉より尚き莫きを知らん。是れ豈に古今有らんや。故に吾れ退きて諸を六経に求む。唯だ其の物なり。
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荘子・天下古の人は其れ備われるかな。神明に配し、天地に醇(じゅん)にし、万物を育て、天下を和し、沢は百姓に及ぶ。本数に明らかにして、末度に係(かか)る。六通四辟(りくつうしへき)、小大精粗、其の運は在らざる所無し。其の明らかにして数度に在る者は、旧法世に伝うるの史、尚お多く之れ有り。其の《詩》《書》《礼》《楽》に在る者は、鄒(すう)・魯の士、搢紳(しんしん)先生、多く能く之を明らかにす。《詩》は以て志を道(い)い、《書》は以て事を道い、《礼》は以て行を道い、《楽》は以て和を道い、《易》は以て陰陽を道い、《春秋》は以て名分を道う。其の数、天下に散じて中国に設けらるる者は、百家の学、時に或いは称して之を道う。
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