荘子 / 天運
老聃曰:「小子少進!余語汝三皇、五帝之治天下。黃帝之治天下,使民心一,民有其親死不哭而民不非也。堯之治天下,使民心親,民有為其親殺其殺而民不非也。舜之治天下,使民心競,民孕婦十月生子,子生五月而能言,不至乎孩而始誰,則人始有夭矣。禹之治天下,使民心變,人有心而兵有順,殺盜非殺,人自為種而天下耳,是以天下大駭,儒、墨皆起。其作始有倫,而今乎婦女,何言哉!余語汝:三皇、五帝之治天下,名曰治之,而亂莫甚焉。三皇之知,上悖日月之明,下睽山川之精,中墮四時之施。其知憯於蠣蠆之尾,鮮規之獸,莫得安其性命之情者,而猶自以為聖人,不可恥乎?其無恥也!」子貢蹴蹴然立不安。
新字:老聃曰:「小子少進!余語汝三皇、五帝之治天下。黄帝之治天下,使民心一,民有其親死不哭而民不非也。堯之治天下,使民心親,民有為其親殺其殺而民不非也。舜之治天下,使民心競,民孕婦十月生子,子生五月而能言,不至乎孩而始誰,則人始有夭矣。禹之治天下,使民心変,人有心而兵有順,殺盗非殺,人自為種而天下耳,是以天下大駭,儒、墨皆起。其作始有倫,而今乎婦女,何言哉!余語汝:三皇、五帝之治天下,名曰治之,而乱莫甚焉。三皇之知,上悖日月之明,下睽山川之精,中堕四時之施。其知憯於蠣蠆之尾,鮮規之獣,莫得安其性命之情者,而猶自以為聖人,不可恥乎?其無恥也!」子貢蹴蹴然立不安。
書き下し
老聃曰く、「小子少しく進め。余は汝に三皇・五帝の天下を治むるを語らん。黄帝の天下を治むるや、民心をして一ならしむ。民に其の親死して哭せざる者有るも、民は非とせず。堯の天下を治むるや、民心をして親しましむ。民に其の親の為に其の殺(さい)を殺(そ)ぐ者有るも、民は非とせず。舜の天下を治むるや、民心をして競わしむ。民の孕婦(ようふ)十月にして子を生み、子生まれて五月にして能く言い、孩(がい)に至らずして始めて誰(たれ)とす。則ち人始めて夭(よう)有り。禹の天下を治むるや、民心をして変ぜしむ。人に心有りて兵に順有り、盗を殺すも殺と非とせず、人自ら種を為して天下とするのみ。是を以て天下大いに駭(おどろ)き、儒・墨皆な起こる。其の始めを作すや倫有り。而るに今や婦女とす。何をか言わんや。余汝に語らん。三皇・五帝の天下を治むるは、名づけて之を治むと曰うも、乱れ焉より甚だしきは莫し。三皇の知は、上は日月の明を悖(もと)り、下は山川の精を睽(そむ)き、中は四時の施を堕(やぶ)る。其の知は蠣蠆(れいたい)の尾よりも憯(いた)ましく、鮮規(せんき)の獣も、其の性命の情に安んずるを得る者莫し。而るに猶お自ら以て聖人と為す。恥ずべからざるか。其れ恥無きなり」と。子貢蹴蹴然(しゅくしゅくぜん)として立ちて安からず。
現代語訳
老聃は言った。「若いの、もう少し前に来なさい。三皇五帝の天下の治め方を教えよう。黄帝が天下を治めた時は、民の心を一つにした。親が死んでも泣かない者がいたが、民はそれを咎めなかった。堯が天下を治めた時は、民の心に親愛を持たせた。親のために喪の等級を削る者がいたが、民はそれを咎めなかった。舜が天下を治めた時は、民の心を競わせた。妊婦は十月で子を産み、子は生まれて五か月で口をきき、赤子のうちから人を呼び分けるようになった。そこで初めて、人に若死にが生まれた。禹が天下を治めた時は、民の心を変えた。人はそれぞれ思惑を持ち、武力にも筋道が立てられ、盗人を殺しても殺人とは呼ばれなくなり、人は自分の一族だけを天下と考えるようになった。そこで天下は大いに驚き乱れ、儒家も墨家もこぞって現れた。彼らが始めた頃には筋道もあった。ところが今では、女子供のような有様だ。何を言うことがあろうか。教えよう。三皇五帝の天下の治め方は、治めると称してはいるが、これほどの乱れはない。三皇の知恵は、上は日月の明るさを損ない、下は山川の精気に背き、中は四季の巡りを壊した。その知恵はサソリの尾より人を刺し、小さな獣ですら、本来の生を全うできなくなった。それなのに自分を聖人だと思っている。恥ずかしくないのか。恥知らずというものだ」。子貢は落ち着かず、そわそわと立ち尽くしていた。