荘子 / 天運
孔子行年五十有一而不聞道,乃南之沛,見老聃。老聃曰:「子來乎?吾聞子北方之賢者也,子亦得道乎?」孔子曰:「未得也。」老子曰:「子惡乎求之哉?」曰:「吾求之於度數,五年而未得也。」老子曰:「子又惡乎求之哉?」曰:「吾求之於陰陽,十有二年而未得。」
新字:孔子行年五十有一而不聞道,乃南之沛,見老聃。老聃曰:「子来乎?吾聞子北方之賢者也,子亦得道乎?」孔子曰:「未得也。」老子曰:「子悪乎求之哉?」曰:「吾求之於度数,五年而未得也。」老子曰:「子又悪乎求之哉?」曰:「吾求之於陰陽,十有二年而未得。」
書き下し
孔子行年(こうねん)五十有一にして道を聞かず。乃ち南のかた沛(はい)に之(ゆ)き、老聃に見ゆ。老聃曰く、「子来たれるか。吾聞く、子は北方の賢者なりと。子も亦た道を得たるか」と。孔子曰く、「未だ得ざるなり」と。老子曰く、「子は悪(いず)くにか之を求めしか」と。曰く、「吾之を度数に求むること、五年にして未だ得ざるなり」と。老子曰く、「子は又た悪くにか之を求めしか」と。曰く、「吾之を陰陽に求むること、十有二年にして未だ得ず」と。
現代語訳
孔子は五十一歳になっても、道を聞くことができなかった。そこで南の沛に行き、老聃に会った。老聃は言った。「よく来られた。あなたは北方の賢者だと聞いている。道を得られたか」。孔子は「まだ得ておりません」と答えた。老子は「あなたはどこにそれを求めたのか」と尋ねた。「私はそれを制度や数値に求め、五年かけましたが、得られませんでした」。老子は「では、次はどこに求めたのか」と尋ねた。「私はそれを陰陽の理に求め、十二年かけましたが、得られませんでした」。
解説
孔子が五十一歳になっても道を得られていない、という設定から始まる一段です。彼はまず制度や数値に求めて五年、次に陰陽の理に求めて十二年。合わせて十七年、探し続けて得られなかった。ここで注目したいのは、探し方の性質です。どちらも「どこか外にある」という前提で探しています。制度の中にあるはずだ、宇宙の理の中にあるはずだ、と。しかし外を探し続けている限り、見つからないのかもしれません。十七年という時間の重みが、この一段を切実にしています。方向が違えば、どれだけ努力を重ねても届かないのです。
この章句が説くこと
求之於度数外に探す十七年の徒労方向の誤り
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