荘子 / 天運
樂也者,始於懼,懼故祟;吾又次之以怠,怠故遁;卒之於惑,惑故愚;愚故道,道可載而與之俱也。」
新字:楽也者,始於懼,懼故祟;吾又次之以怠,怠故遁;卒之於惑,惑故愚;愚故道,道可載而与之倶也。」
書き下し
楽なる者は、懼れに始まる。懼るれば故に祟(すい)す。吾又た之に次ぐに怠を以てす。怠すれば故に遁(のが)る。之を惑に卒(お)う。惑えば故に愚なり。愚なれば故に道あり。道は載せて之と倶(とも)にすべきなり」と。
現代語訳
「音楽というものは、恐れから始まる。恐れれば、心はざわめく。次に気の抜けた状態が来る。気が抜ければ、人は身を引く。最後は困惑に終わる。惑えば、愚かになる。愚かになれば、そこに道がある。道は、その人を載せて、ともに行くことができるのだ」と。
解説
長い音楽論を、たった数行でまとめた結論です。恐れ、脱力、困惑、そして愚。この順に進むと、最後に道が現れる。注目すべきは、到達点が「賢さ」ではなく「愚かさ」だという点です。理解を諦め、掴もうとするのをやめ、ぼんやりとする。そこまで来て初めて、道はその人を載せて運んでくれる。分かろうとしている間は、まだ自分が主導権を握っています。愚かになるとは、その主導権を手放すことです。学びの果てに賢くなるのではなく、愚かになる。この逆説は、荘子が繰り返し語るテーマでもあります。
この章句が説くこと
懼・怠・惑・愚愚故道主導権を手放す賢さの先道
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『童子問』卷上問ふ、易知易行・万世不易の理の、実に至極為ることは、既に命を聞くことを得たり。然れども心中猶ほ未だ釈然たること能はず。願はくは易く暁りやすきの語を以て、申ねて諭を垂れよと。曰く、人の外に道無く、道の外に人無し。人を以て人の道を行ふ、何の難知難行か之れ有らん。夫れ人の霊を以てすと雖も、然れども羽ある者の翔り、鱗ある者の潜るが若くなること能はざる者は、其の性異なればなり。堯の服を服し、堯の行ひを行ひ、堯の言を誦するに於ては、則ち復た甚だ難き者無し。其の道同じければなり。故に孟子曰く、夫れ道は一のみと。若し夫れ人倫を外にして道を求むる者は、猶ほ風を捕へ影を捉ふるがごとく、必ず得べからざるなり。故に道を知る者は、必ず之を邇きに求む。其の道を以て高しと為し、遠しと為し、企て及ぶべからずと為す者は、皆道の本然に非ず、自ら惑ふの致す所なり。
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『弁名』理氣人欲包犠氏網罟を為る、蓋し諸を離に取る、神農氏耒耜を為る、蓋し諸を益に取るが如し。易は本と象を取りて器を作るの義有り。故に爾か云ふ。形而上は、器未だ形を成さざる以前、唯だ易の道有るのみを謂ふ。其の形を成すの後に至りて、始めて其の器有り。皆器を制するを主として之を言ふ。下文遂に曰く、「化して之を裁する、之を変と謂ふ。推して之を行ふ、之を通と謂ふ。挙げて之を天下の民に措く、之を事業と謂ふ」と。是れ皆易を賛するの言なり。道器変通事業は、皆易を以て之を言ふのみ。上章に「戸を闔づる之を坤と謂ひ、戸を闢く之を乾と謂ふ。一たび闔ぢ一たび闢く之を変と謂ひ、往来窮まらざる之を通と謂ふ。見はるる乃ち之を象と謂ひ、形はるる乃ち之を器と謂ふ。制して之を用ふる之を法と謂ひ、利用出入して民咸之を用ふる之を神と謂ふ」と曰ふが如きも、是れ又た道器を以て対言せず。其の義以て見るべきのみ。豈に大謬に非ずや。
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『慎思録』巻之四術者の陋なり。陰陽を指して道と為すは、猶ほ天地を指して道と為し、聖人を指して道と為すがごとし。此れ道の在る所を以て言ふ。其の実、天地陰陽は即ち是れ道の存する所にして、還た是れ道中に在る所の物なり。蓋し道を以て主と為して之を言へば、則ち天地万物は皆是れ道中の物なり。天地万物を以て主と為して之を言へば、則ち道は天地万物の中に在りて、之が主為る者なり。陰陽の如きは、則ち又天地万物の比に非ず。同異離合を以て之を言ふべからず。故に易に陰陽を以て道を言ふは、此を以てなり。
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