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荘子 / 天運

吾又奏之以陰陽之和,燭之以日月之明;其聲能短能長,能柔能剛;變化齊一,不主故常;在谷滿谷,在阬滿阬;塗郤守神,以物為量。其聲揮綽,其名高明。是故鬼神守其幽,日月星辰行其紀。吾止之於有窮,流之於無止。予欲慮之而不能知也,望之而不能見也,逐之而不能及也,儻然立於四虛之道,倚於槁梧而吟。目知窮乎所欲見,力屈乎所欲逐,吾既不及已夫!形充空虛,乃至委蛇。汝委蛇,故怠。

新字:吾又奏之以陰陽之和,燭之以日月之明;其声能短能長,能柔能剛;変化斉一,不主故常;在谷満谷,在阬満阬;塗郤守神,以物為量。其声揮綽,其名高明。是故鬼神守其幽,日月星辰行其紀。吾止之於有窮,流之於無止。予欲慮之而不能知也,望之而不能見也,逐之而不能及也,儻然立於四虚之道,倚於槁梧而吟。目知窮乎所欲見,力屈乎所欲逐,吾既不及已夫!形充空虚,乃至委蛇。汝委蛇,故怠。

書き下し

吾又た之を奏するに陰陽の和を以てし、之を燭(て)らすに日月の明を以てす。其の声は能く短く能く長く、能く柔らかに能く剛(かた)し。変化斉一(せいいつ)にして、故常(こじょう)を主とせず。谷に在れば谷に満ち、阬(あな)に在れば阬に満つ。郤(げき)を塗(ふさ)ぎ神を守り、物を以て量と為す。其の声は揮綽(きしゃく)たり、其の名は高明なり。是の故に鬼神は其の幽を守り、日月星辰は其の紀を行う。吾之を有窮に止め、之を無止に流す。予(われ)之を慮らんと欲するも知る能わず、之を望むも見る能わず、之を逐(お)うも及ぶ能わず。儻然(とうぜん)として四虚の道に立ち、槁梧(こうご)に倚(よ)りて吟ず。目は見んと欲する所に窮まり、力は逐わんと欲する所に屈す。吾既に及ばざるのみ。形は充ちて空虚なり。乃ち委蛇(いい)に至る。汝委蛇たり。故に怠(たい)せり。

現代語訳

「私はまた、陰陽の調和によってそれを奏し、日月の光でそれを照らした。その音は短くも長くもなり、柔らかくも剛くもなる。変化しながら一つに整い、決まった型を持たない。谷にあれば谷を満たし、穴にあれば穴を満たす。隙間を塞ぎ、精神を守り、物のあり方に応じて量を決める。その音は伸びやかに広がり、その響きは高く明るい。だから鬼神はその幽玄な領域を守り、日月星辰はその軌道を巡る。私はそれを尽きるところで止め、尽きないところへ流した。お前はそれを考えようとしても分からず、見ようとしても見えず、追いかけようとしても追いつけない。ぼんやりと四方の虚空に立ち尽くし、枯れた机に寄りかかって唸るばかりだ。目は見たいものの前で行き詰まり、力は追いたいものの前で尽き果てる。もう追いつけない、と悟る。すると体は満ちているのに、内側は空っぽになる。そうして、ぐにゃりと身を任せる状態に至る。お前はそのぐにゃりとした状態になった。だから気が抜けたのだ」と。

解説

第二段階、脱力の説明です。考えても分からず、見ようとしても見えず、追いかけても追いつけない。すると人は、どうなるか。力が抜けるのです。荘子はそれを「委蛇(ぐにゃりと身を任せる)」と呼びます。これは敗北ではありません。追いつけないと悟った時に初めて、力みが抜ける。「形は充ちて空虚なり」。体は満ちているのに、内側は空っぽ。この空っぽが、次の段階への入口になります。私たちは、分からないことに出会うと、もっと頑張って理解しようとします。しかし追いつけないものは、追いつけない。そう認めた時、初めて力みが抜けるのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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