荘子 / 天道
世之所貴道者,書也,書不過語,語有貴也。語之所貴者,意也,意有所隨。意之所隨者,不可以言傳也,而世因貴言傳書。世雖貴之,我猶不足貴也,為其貴非其貴也。故視而可見者,形與色也;聽而可聞者,名與聲也。悲夫!世人以形色名聲為足以得彼之情!夫形色名聲果不足以得彼之情,則知者不言,言者不知,而世豈識之哉!
新字:世之所貴道者,書也,書不過語,語有貴也。語之所貴者,意也,意有所随。意之所随者,不可以言伝也,而世因貴言伝書。世雖貴之,我猶不足貴也,為其貴非其貴也。故視而可見者,形与色也;聴而可聞者,名与声也。悲夫!世人以形色名声為足以得彼之情!夫形色名声果不足以得彼之情,則知者不言,言者不知,而世豈識之哉!
書き下し
世の道を貴ぶ所の者は、書なり。書は語に過ぎず。語に貴ぶ有り。語の貴ぶ所の者は、意なり。意に随う所有り。意の随う所の者は、言を以て伝うべからざるなり。而るに世は因りて言を貴び書を伝う。世は之を貴ぶと雖も、我は猶お以て貴ぶに足らずと為す。其の貴ぶは其の貴ぶに非ざればなり。故に視て見るべき者は、形と色となり。聴きて聞くべき者は、名と声となり。悲しいかな。世人は形色名声を以て彼の情を得るに足れりと為す。夫れ形色名声は果たして以て彼の情を得るに足らざれば、則ち知る者は言わず、言う者は知らず。而るに世豈に之を識らんや。
現代語訳
世の中が道を尊ぶ手段としているのは、書物である。書物は言葉に過ぎず、言葉には尊ぶべきものがある。言葉が尊ぶのは、その意味である。意味には、それが従っているものがある。意味が従っているものは、言葉で伝えることができない。ところが世の中は、そのために言葉を尊び、書物を伝えている。世の中がそれを尊んでも、私はまだ尊ぶに足りないと思う。世が尊んでいるものは、本当に尊ぶべきものではないからだ。目で見えるものは、形と色である。耳で聞こえるものは、名と声である。悲しいことだ。世の人は、形や色、名や声によって、本当のところが捉えられると思っている。形や色、名や声では、本当のところが捉えられないのであれば、知っている者は語らず、語る者は知らない。それなのに、世の人がどうしてこれを理解できようか。
解説
この章句が説くこと
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老子・第48章学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損す。之を損じて又た損じ、以て無為に至る。無為にして而も為さざる無し。天下を取るは常に無事を以てす。其の有事に及びては、以て天下を取るに足らず。
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説苑・君道晋の平公、師曠に問いて曰く、「人君の道は如何」と。対えて曰く、「人君の道は、清浄無為、務めて博愛にあり、趨りて賢を任ずるにあり、広く耳目を開きて以て万方を察し、流俗に固溺せず、左右に拘繋せられず、廓然として遠く見、踔然として独立し、屡々考績を省みて、以て臣下に臨む。此れ人君の操なり」と。平公曰く、「善し」と。
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論語・衛霊公篇孔子曰わく、無為にして治むる者は、その舜なるか。夫れ何をか為さん。己を恭しくして南面するのみ。
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