荘子 / 天道
夫子曰:「夫道,於大不終,於小不遺,故萬物備。廣廣乎其無不容也,淵乎其不可測也。形德仁義,神之末也,非至人孰能定之!夫至人有世,不亦大乎!而不足以為之累。天下奮柄而不與之偕,審乎無假而不與利遷,極物之真,能守其本,故外天地,遺萬物,而神未嘗有所困也。通乎道,合乎德,退仁義,賓禮樂,至人之心有所定矣。」
新字:夫子曰:「夫道,於大不終,於小不遺,故万物備。広広乎其無不容也,淵乎其不可測也。形徳仁義,神之末也,非至人孰能定之!夫至人有世,不亦大乎!而不足以為之累。天下奮柄而不与之偕,審乎無仮而不与利遷,極物之真,能守其本,故外天地,遺万物,而神未嘗有所困也。通乎道,合乎徳,退仁義,賓礼楽,至人之心有所定矣。」
書き下し
夫子曰く、「夫れ道は、大に於いて終わらず、小に於いて遺(の)こさず。故に万物備わる。広広乎(こうこうこ)として其れ容れざる無く、淵乎(えんこ)として其れ測るべからず。形徳仁義は、神の末なり。至人に非ずんば孰(たれ)か能く之を定めん。夫れ至人の世を有(たも)つや、亦た大ならずや。而も以て之が累(わずら)いと為すに足らず。天下柄(へい)を奮(ふる)うも而も之と偕(とも)にせず。無假(むか)を審(つまび)らかにして而も利と与に遷(うつ)らず。物の真を極め、能く其の本を守る。故に天地を外にし、万物を遺(わす)れて、而も神は未だ嘗て困(くる)しむ所有らざるなり。道に通じ、徳に合し、仁義を退け、礼楽を賓(しりぞ)く。至人の心に定まる所有り」と。
現代語訳
先生は言われた。「道は、大きなものにおいても終わることがなく、小さなものにおいても取りこぼすことがない。だから万物が備わっている。広々として、包み込まないものがなく、淵のように深くて、測り知れない。姿かたち、徳、仁、義は、精神の末端にすぎない。至人でなければ、誰がこれを見きわめられようか。至人が世を保つのは、なんと大きなことか。それでいて、それが彼の負担になることはない。天下じゅうが権力を振り回しても、彼はそれに加わらない。何にも依存しないことを見きわめ、利益とともに移ろうことがない。物の真実を極め、その根本を守る。だから天地を外に置き、万物を忘れても、その精神は少しも苦しむことがない。道に通じ、徳に合致し、仁義を退け、礼楽を遠ざける。至人の心には、定まったものがあるのだ」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・天地夫子曰く、「夫れ道は、万物を覆載(ふさい)する者なり。洋洋乎(ようようこ)として大なるかな。君子は以て心を刳(えぐ)らざるべからず。無為にして之を為す、之を天と謂う。無為にして之を言う、之を徳と謂う。人を愛し物を利する、之を仁と謂う。同じからざるを同じくする、之を大と謂う。行いて崖異(がいい)ならざる、之を寛と謂う。万(よろず)の同じからざるを有つ、之を富と謂う。故に徳を執る、之を紀と謂う。徳の成る、之を立と謂う。道に循(したが)う、之を備と謂う。物を以て志を挫(くじ)かざる、之を完と謂う。君子此の十者に明らかなれば、則ち韜乎(とうこ)として其の事に心するの大なり、沛乎(はいこ)として其の万物の逝(ゆ)くを為すなり。若の若き者は、金を山に蔵し、珠を淵に蔵す。貨財を利とせず、貴富に近づかず。寿を楽しまず、夭を哀しまず。通を栄とせず、窮を醜としず。寿夭倶に忘れ、窮通言うに足らず。一世の利を拘(と)りて以て己が私分と為さず、天下に王たるを以て己が顕に処ると為さず。顕なれば則ち明なり。万物は一府、死生は状を同じくす」と。
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荘子・天道荘子曰く、「吾が師よ、吾が師よ。万物を虀(くだ)くも戻(れい)と為さず。沢は万世に及ぶも仁と為さず。上古より長きも寿と為さず。天地を覆載し、衆形を刻雕(こくちょう)するも朽(こう)と為さず。此を之れ天楽と謂う。故に曰く、天楽を知る者は、其の生や天行、其の死や物化。静かにして陰と徳を同じくし、動きて陽と波を同じくす。故に天楽を知る者は、天怨無く、人非無く、物累無く、鬼責無し。故に曰く、其の動くや天、其の静かなるや地。一心定まりて天下に王たり。其の鬼も祟らず、其の魂も疲れず。一心定まりて万物服す。言うこころは、虚静を以て天地に推し、万物に通ず。此を之れ天楽と謂う。天楽なる者は、聖人の心にして、以て天下を蓄(やしな)うなり」と。
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荘子・天道天道は運(めぐ)りて積む所無し。故に万物成る。帝道は運りて積む所無し。故に天下帰す。聖道は運りて積む所無し。故に海内服す。天に明らかに、聖に通じ、六通四辟(りくつうしへき)して帝王の徳に於ける者は、其の自ら為すや、昧然(まいぜん)として静かならざる者無し。聖人の静かなるや、静かなるは善しと曰い、故に静かなるに非ざるなり。万物以て心を鐃(みだ)すに足る者無し。故に静かなり。水静かなれば則ち明らかに鬚眉(しゅび)を燭(て)らし、平らかにして準に中(あた)る。大匠は焉(ここ)に法を取る。水静かにして猶お明らかなり。而るを況んや精神をや。聖人の心の静かなるや、天地の鑑(かがみ)なり、万物の鏡なり。夫れ虚静恬淡(きょせいてんたん)、寂漠無為(せきばくむい)なる者は、天地の平(たいら)にして道徳の至りなり。故に帝王聖人は焉に休(いこ)う。休すれば則ち虚なり。虚なれば則ち実なり。実なる者は倫(つい)なり。虚なれば則ち静かなり。静かなれば則ち動く。動けば則ち得たり。静かなれば則ち無為なり。無為なれば、則ち事を任ずる者責(せ)む。無為なれば則ち俞俞(ゆゆ)たり。俞俞たる者は憂患も処る能わず、年寿長し。夫れ虚静恬淡、寂寞無為なる者は、万物の本なり。此に明らかにして以て南郷(なんきょう)するは、堯の君為(た)るなり。此に明らかにして以て北面するは、舜の臣為るなり。此を以て上に処るは、帝王天子の徳なり。此を以て下に処るは、玄聖素王(げんせいそおう)の道なり。此を以て退居して閒游(かんゆう)すれば、江海山林の士服す。此を以て進為して世を撫すれば、則ち功大に名顕われて天下一なり。静かにして聖、動きて王、無為にして尊く、樸素にして天下之と美を争う能わず。夫れ天地の徳に明白なる者は、此を之れ大本大宗と謂う。天と和する者なり。天下を均調する所以は、人と和する者なり。人と和する者は、之を人楽(じんらく)と謂う。天と和する者は、之を天楽(てんらく)と謂う。
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荘子・天地天地は大なりと雖も、其の化は均(ひと)しきなり。万物は多しと雖も、其の治は一なり。人卒(じんそつ)は衆(おお)しと雖も、其の主は君なり。君は徳に原(もと)づきて天に成る。故に曰く、玄古(げんこ)の天下に君たるは、無為なり、天徳のみ、と。道を以て言を観れば而ち天下の君正し。道を以て分を観れば而ち君臣の義明らかなり。道を以て能を観れば而ち天下の官治まる。道を以て汎(ひろ)く観れば而ち万物の応備わる。故に天地に通ずる者は、徳なり。万物に行わるる者は、道なり。上(かみ)人を治むる者は、事なり。能(よ)く芸(げい)する所有る者は、技なり。技は事に兼ねられ、事は義に兼ねられ、義は徳に兼ねられ、徳は道に兼ねられ、道は天に兼ねらる。故に曰く、「古の天下を畜(やしな)う者は、無欲にして天下足り、無為にして万物化し、淵静(えんせい)にして百姓(ひゃくせい)定まる」と。記に曰く、「一に通じて万事畢(お)わり、無心にして得れば鬼神も服す」と。
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文子・道原老子曰く、聖人は人を治むるを忘れて、自ら理むるに在り。貴は勢位を忘れて、自得するに在り。自得すれば即ち天下我を得ん。楽は富貴を忘れて、和に在り。己を大とし天下を小とするを知れば、道に幾し。故に曰く、「虚を致すこと極まり、静を守ること篤く、万物並び作るも、吾以て其の復るを観る」と。夫れ道は、万物を陶冶し、終始に形無く、寂然として動かず、大いに通じ混冥し、深閎広大にして外と為す可からず、毫を折き芒を剖きて内と為す可からず、環堵の宇無くして、有無の間に生ず。真人は之を体するに虚無、平易、清静、柔弱、純粋素樸を以てし、物と雑ざらず、至徳天地の道なり。故に之を真人と謂う。真人とは、己を大とし天下を小とし、身を治むるを貴び人を治むるを賤しみ、物を以て和を滑さず、欲を以て情を乱さず、其の名姓を隠し、道有れば隠れ、道無ければ見われ、無為を為し、無事を事とし、不知を知る。天道を懐き、天心を包み、陰陽を噓吸し、故きを吐き新しきを納れ、陰と俱に閉じ、陽と俱に開き、剛柔と与に卷舒し、陰陽と与に俯仰し、天と心を同じくし、道と体を同じくす。楽しむ所無く、苦しむ所無く、喜ぶ所無く、怒る所無く、万物玄同して、非も是も無し。夫れ形の寒暑燥湿の虐に傷らるる者は、形究まれども神は壮んなり。神の喜怒思慮の患に傷らるる者は、神尽きて形は余り有り。故に真人は心を用い性に杖り、神に依りて相い扶け、而して終始を得。是を以て其の寝ぬるや夢みず、覚むるや憂い無し。
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文子・自然道を守ること周密にして、物に於いて宰らず。至微にして形無く、天地の始め、万物は道を同じくして形を殊にす。至微にして物無し、故に能く周く恤う。至大にして外無し、故に万物の蓋と為る。至細にして内無し、故に万物の貴しと為る。道は生を存し、徳は形を安んず。至道の度は、好を去り悪を去り、知故有る無く、意を易え心を和し、道を以て迕う無し。夫れ天地は専らにして一と為り、分かれて二と為り、交わりて之を合すれば、上下失わず。専らにして一と為り、分かれて五と為り、反りて之を合すれば、必ず規矩に中る。夫れ道は至親にして疏んずべからず、至近にして遠ざくべからず。之を近きに求むれば、往きて復た反る。
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