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荘子 / 天道

君先而臣從,父先而子從,兄先而弟從,長先而少從,男先而女從,夫先而婦從。夫尊卑先後,天地之行也,故聖人取象焉。天尊地卑,神明之位也;春夏先,秋冬後,四時之序也。萬物化作,萌區有狀,盛衰之殺,變化之流也。夫天地至神,而有尊卑先後之序,而況人道乎!宗廟尚親,朝廷尚尊,鄉黨尚齒,行事尚賢,大道之序也。語道而非其序者,非其道也;語道而非其道者,安取道!

新字:君先而臣従,父先而子従,兄先而弟従,長先而少従,男先而女従,夫先而婦従。夫尊卑先後,天地之行也,故聖人取象焉。天尊地卑,神明之位也;春夏先,秋冬後,四時之序也。万物化作,萌区有状,盛衰之殺,変化之流也。夫天地至神,而有尊卑先後之序,而況人道乎!宗廟尚親,朝廷尚尊,鄉党尚齒,行事尚賢,大道之序也。語道而非其序者,非其道也;語道而非其道者,安取道!

書き下し

君先んじて臣従い、父先んじて子従い、兄先んじて弟従い、長先んじて少従い、男先んじて女従い、夫先んじて婦従う。夫れ尊卑先後は、天地の行なり。故に聖人は象(かたち)を焉(ここ)に取る。天尊く地卑(ひく)きは、神明の位なり。春夏先んじ、秋冬後るるは、四時の序なり。万物化作し、萌区(ほうく)に状有り、盛衰の殺(さい)は、変化の流れなり。夫れ天地は至神なり。而も尊卑先後の序有り。而るを況んや人道をや。宗廟には親を尚(たっと)び、朝廷には尊を尚び、郷党には歯(よわい)を尚び、事を行うには賢を尚ぶ。大道の序なり。道を語りて其の序に非ざる者は、其の道に非ざるなり。道を語りて其の道に非ざる者は、安(いず)くんぞ道を取らんや。

現代語訳

君主が先で臣下が従い、父が先で子が従い、兄が先で弟が従い、年長者が先で年少者が従い、男が先で女が従い、夫が先で妻が従う。尊卑と先後の別は、天地の運行そのものである。だから聖人はそこから形を取った。天が尊く地が低いのは、天地の位置である。春と夏が先で、秋と冬が後なのは、四季の順序である。万物が生まれ変わり、芽吹きにも形があり、盛んになったり衰えたりするのは、変化の流れである。天地は最も霊妙なものでありながら、なお尊卑と先後の順序がある。まして人の道においては、なおさらではないか。宗廟では血縁を尊び、朝廷では位を尊び、村では年齢を尊び、仕事では有能さを尊ぶ。これが大いなる道の順序である。道を語りながらその順序を無視する者は、道を語っていない。道を語りながら道でないことを言う者から、どうして道を得られようか。

解説

順序の必要を説いた一段です。天が上で地が下、春夏が先で秋冬が後。天地にすら順序があるのだから、人の世に順序がないはずがない、と。ここで注目したいのは、場面ごとに尊ぶものが違うと言っている点です。宗廟では血縁、朝廷では位、村では年齢、仕事では有能さ。一つの基準ですべてを貫くのではありません。場面が変われば、優先すべきものも変わる。仕事の場に家庭の序列を持ち込めば混乱しますし、家庭に職場の上下を持ち込めば息が詰まります。どの場面で何を先にするか。それを取り違えないことが、順序を守るということなのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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