荘子 / 天道
莊子曰:「吾師乎!吾師乎!虀萬物而不為戾,澤及萬世而不為仁,長於上古而不為壽,覆載天地、刻雕眾形而不為朽,此之謂天樂。故曰:知天樂者,其生也天行,其死也物化;靜而與陰同德,動而與陽同波。故知天樂者,無天怨,無人非,無物累,無鬼責。故曰:其動也天,其靜也地,一心定而王天下;其鬼不祟,其魂不疲,一心定而萬物服。言以虛靜推於天地,通於萬物,此之謂天樂。天樂者,聖人之心,以蓄天下也。」
新字:荘子曰:「吾師乎!吾師乎!虀万物而不為戻,沢及万世而不為仁,長於上古而不為寿,覆載天地、刻雕衆形而不為朽,此之謂天楽。故曰:知天楽者,其生也天行,其死也物化;静而与陰同徳,動而与陽同波。故知天楽者,無天怨,無人非,無物累,無鬼責。故曰:其動也天,其静也地,一心定而王天下;其鬼不祟,其魂不疲,一心定而万物服。言以虚静推於天地,通於万物,此之謂天楽。天楽者,聖人之心,以蓄天下也。」
書き下し
荘子曰く、「吾が師よ、吾が師よ。万物を虀(くだ)くも戻(れい)と為さず。沢は万世に及ぶも仁と為さず。上古より長きも寿と為さず。天地を覆載し、衆形を刻雕(こくちょう)するも朽(こう)と為さず。此を之れ天楽と謂う。故に曰く、天楽を知る者は、其の生や天行、其の死や物化。静かにして陰と徳を同じくし、動きて陽と波を同じくす。故に天楽を知る者は、天怨無く、人非無く、物累無く、鬼責無し。故に曰く、其の動くや天、其の静かなるや地。一心定まりて天下に王たり。其の鬼も祟らず、其の魂も疲れず。一心定まりて万物服す。言うこころは、虚静を以て天地に推し、万物に通ず。此を之れ天楽と謂う。天楽なる者は、聖人の心にして、以て天下を蓄(やしな)うなり」と。
現代語訳
荘子は言った。「わが師よ、わが師よ。万物を粉々に砕いても、それを残虐とは言わない。恵みが万世に及んでも、それを仁とは言わない。大昔から長く在っても、長寿とは言わない。天地を覆い載せ、あらゆる形を彫り刻んでも、それを巧みとは言わない。これを『天楽』という。だから言うのだ。天楽を知る者は、生きている時は天の運行のままに動き、死ぬ時は物として移り変わる。静かにしている時は陰と徳を同じくし、動く時は陽と波を同じくする。だから天楽を知る者には、天を怨むこともなく、人から非難されることもなく、物に煩わされることもなく、鬼神に責められることもない。だから言うのだ。動く時は天のようであり、静かな時は地のようである。心が一つに定まれば天下に君臨し、鬼神も祟らず、魂も疲れない。心が一つに定まれば万物が従う。つまり、虚しく静かな心を天地に推し及ぼし、万物に通じさせる。これを天楽という。天楽とは聖人の心であり、それによって天下を養うのだ」と。
解説
この章句が説くこと
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荘子・天運吾又た之を奏するに無怠の声を以てし、之を調するに自然の命を以てす。故に混(こん)じ逐(お)い叢生(そうせい)するが若く、林楽(りんがく)にして形無く、布揮(ふき)して曳(ひ)かず、幽昏(ゆうこん)にして声無し。無方に動き、窈冥(ようめい)に居る。或いは之を死と謂い、或いは之を生と謂い、或いは之を実と謂い、或いは之を栄と謂う。行き流れ散り徙(うつ)り、常声を主とせず。世之を疑いて、聖人に稽(かんが)う。聖なる者は、情に達して命に遂(したが)う者なり。天機張らずして五官皆な備わる。此を之れ天楽と謂う。言無くして心説(よろこ)ぶ。故に有焱氏(ゆうえんし)之が頌を為して曰く、『之を聴けども其の声を聞かず、之を視れども其の形を見ず。天地に充満し、六極を苞裏(ほうり)す』と。汝之を聴かんと欲するも接する無し。而(すなわ)ち故に惑えるなり。
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荘子・天道天道は運(めぐ)りて積む所無し。故に万物成る。帝道は運りて積む所無し。故に天下帰す。聖道は運りて積む所無し。故に海内服す。天に明らかに、聖に通じ、六通四辟(りくつうしへき)して帝王の徳に於ける者は、其の自ら為すや、昧然(まいぜん)として静かならざる者無し。聖人の静かなるや、静かなるは善しと曰い、故に静かなるに非ざるなり。万物以て心を鐃(みだ)すに足る者無し。故に静かなり。水静かなれば則ち明らかに鬚眉(しゅび)を燭(て)らし、平らかにして準に中(あた)る。大匠は焉(ここ)に法を取る。水静かにして猶お明らかなり。而るを況んや精神をや。聖人の心の静かなるや、天地の鑑(かがみ)なり、万物の鏡なり。夫れ虚静恬淡(きょせいてんたん)、寂漠無為(せきばくむい)なる者は、天地の平(たいら)にして道徳の至りなり。故に帝王聖人は焉に休(いこ)う。休すれば則ち虚なり。虚なれば則ち実なり。実なる者は倫(つい)なり。虚なれば則ち静かなり。静かなれば則ち動く。動けば則ち得たり。静かなれば則ち無為なり。無為なれば、則ち事を任ずる者責(せ)む。無為なれば則ち俞俞(ゆゆ)たり。俞俞たる者は憂患も処る能わず、年寿長し。夫れ虚静恬淡、寂寞無為なる者は、万物の本なり。此に明らかにして以て南郷(なんきょう)するは、堯の君為(た)るなり。此に明らかにして以て北面するは、舜の臣為るなり。此を以て上に処るは、帝王天子の徳なり。此を以て下に処るは、玄聖素王(げんせいそおう)の道なり。此を以て退居して閒游(かんゆう)すれば、江海山林の士服す。此を以て進為して世を撫すれば、則ち功大に名顕われて天下一なり。静かにして聖、動きて王、無為にして尊く、樸素にして天下之と美を争う能わず。夫れ天地の徳に明白なる者は、此を之れ大本大宗と謂う。天と和する者なり。天下を均調する所以は、人と和する者なり。人と和する者は、之を人楽(じんらく)と謂う。天と和する者は、之を天楽(てんらく)と謂う。
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荘子・至楽天下の是非は果たして未だ定むべからざるなり。然りと雖も、無為は以て是非を定むべし。至楽は身を活かす。唯だ無為のみ幾(ちか)く存す。請う、嘗みに之を言わん。天は無為にして以て之れ清く、地は無為にして以て之れ寧(やす)し。故に両つながら無為にして相合し、万物皆な化す。芒乎(ぼうこ)芴乎(こつこ)として、従(よ)りて出づる無し。芴乎芒乎として、有象(ゆうしょう)無し。万物職職(しょくしょく)として、皆な無為より殖(ふ)ゆ。故に曰く、「天地は無為なり、而も為さざる無し」と。人や、孰(たれ)か能く無為を得んや。
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荘子・天地天地は大なりと雖も、其の化は均(ひと)しきなり。万物は多しと雖も、其の治は一なり。人卒(じんそつ)は衆(おお)しと雖も、其の主は君なり。君は徳に原(もと)づきて天に成る。故に曰く、玄古(げんこ)の天下に君たるは、無為なり、天徳のみ、と。道を以て言を観れば而ち天下の君正し。道を以て分を観れば而ち君臣の義明らかなり。道を以て能を観れば而ち天下の官治まる。道を以て汎(ひろ)く観れば而ち万物の応備わる。故に天地に通ずる者は、徳なり。万物に行わるる者は、道なり。上(かみ)人を治むる者は、事なり。能(よ)く芸(げい)する所有る者は、技なり。技は事に兼ねられ、事は義に兼ねられ、義は徳に兼ねられ、徳は道に兼ねられ、道は天に兼ねらる。故に曰く、「古の天下を畜(やしな)う者は、無欲にして天下足り、無為にして万物化し、淵静(えんせい)にして百姓(ひゃくせい)定まる」と。記に曰く、「一に通じて万事畢(お)わり、無心にして得れば鬼神も服す」と。
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荘子・刻意故に曰く、聖人の生や天行、其の死や物化。静かにして陰と徳を同じくし、動きて陽と波を同じくす。福の先を為さず、禍の始めを為さず。感じて而る後に応じ、迫られて而る後に動き、已むを得ずして而る後に起こる。知と故(さくりゃく)とを去り、天の理に循(したが)う。故に天災無く、物累無く、人非無く、鬼責無し。其の生は浮かぶが若く、其の死は休むが若し。思慮せず、予謀(よぼう)せず。光ありて耀(かがや)かず、信ありて期せず。其の寝ぬるや夢みず、其の覚むるや憂い無し。其の神は純粋、其の魂は罷(つか)れず。虚無恬惔にして、乃ち天徳に合す。
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