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荘子 / 胠篋

故曰:「脣竭則齒寒,魯酒薄而邯鄲圍,聖人生而大盜起。」掊擊聖人,縱舍盜賊,而天下始治矣。夫川竭而谷虛,丘夷而淵實。聖人已死,則大盜不起,天下平而無故矣。聖人不死,大盜不止。雖重聖人而治天下,則是重利盜跖也。為之斗斛以量之,則並與斗斛而竊之;為之權衡以稱之,則並與權衡而竊之;為之符璽以信之,則並與符璽而竊之;為之仁義以矯之,則並與仁義而竊之。何以知其然邪?彼竊鉤者誅,竊國者為諸侯,諸侯之門,而仁義存焉,則是非竊仁義聖知邪?故逐於大盜,揭諸侯,竊仁義並斗斛、權衡、符璽之利者,雖有軒冕之賞弗能勸,斧鉞之威弗能禁。此重利盜跖而使不可禁者,是乃聖人之過也。故曰:「魚不可脫於淵,國之利器不可以示人。」彼聖人者,天下之利器也,非所以明天下也。故絕聖棄知,大盜乃止;擿玉毀珠,小盜不起;焚符破璽,而民朴鄙;掊斗折衡,而民不爭;殫殘天下之聖法,而民始可與論議。擢亂六律,鑠絕竽瑟,塞瞽曠之耳,而天下始人含其聰矣;滅文章,散五采,膠離朱之目,而天下始人含其明矣;毀絕鉤繩而棄規矩,攦工倕之指,而天下始人有其巧矣。故曰:「大巧若拙。」削曾、史之行,鉗楊、墨之口,攘棄仁義,而天下之德始玄同矣。彼人含其明,則天下不鑠矣;人含其聰,則天下不累矣;人含其知,則天下不惑矣;人含其德,則天下不僻矣。彼曾、史、楊、墨、師曠、工倕、離朱,皆外立其德,而以爚亂天下者也,法之所無用也。

新字:故曰:「脣竭則齒寒,魯酒薄而邯鄲囲,聖人生而大盗起。」掊擊聖人,縦舎盗賊,而天下始治矣。夫川竭而谷虚,丘夷而淵実。聖人已死,則大盗不起,天下平而無故矣。聖人不死,大盗不止。雖重聖人而治天下,則是重利盗跖也。為之斗斛以量之,則並与斗斛而竊之;為之権衡以稱之,則並与権衡而竊之;為之符璽以信之,則並与符璽而竊之;為之仁義以矯之,則並与仁義而竊之。何以知其然邪?彼竊鉤者誅,竊国者為諸侯,諸侯之門,而仁義存焉,則是非竊仁義聖知邪?故逐於大盗,掲諸侯,竊仁義並斗斛、権衡、符璽之利者,雖有軒冕之賞弗能勧,斧鉞之威弗能禁。此重利盗跖而使不可禁者,是乃聖人之過也。故曰:「魚不可脫於淵,国之利器不可以示人。」彼聖人者,天下之利器也,非所以明天下也。故絶聖棄知,大盗乃止;擿玉毀珠,小盗不起;焚符破璽,而民朴鄙;掊斗折衡,而民不争;殫残天下之聖法,而民始可与論議。擢乱六律,鑠絶竽瑟,塞瞽曠之耳,而天下始人含其聰矣;滅文章,散五采,膠離朱之目,而天下始人含其明矣;毀絶鉤繩而棄規矩,攦工倕之指,而天下始人有其巧矣。故曰:「大巧若拙。」削曽、史之行,鉗楊、墨之口,攘棄仁義,而天下之徳始玄同矣。彼人含其明,則天下不鑠矣;人含其聰,則天下不累矣;人含其知,則天下不惑矣;人含其徳,則天下不僻矣。彼曽、史、楊、墨、師曠、工倕、離朱,皆外立其徳,而以爚乱天下者也,法之所無用也。

書き下し

故に曰く、「唇竭(つ)くれば則ち歯寒く、魯酒薄くして邯鄲(かんたん)囲まれ、聖人生じて大盗起こる」と。聖人を掊撃(ほうげき)し、盗賊を縦舎(しょうしゃ)せば、而して天下始めて治まらん。夫れ川竭くれば谷虚しく、丘夷(たい)らげば淵実(み)つ。聖人已に死せば、則ち大盗起こらず、天下平らかにして故(こと)無からん。聖人死せざれば、大盗止まず。聖人を重んじて天下を治むと雖も、則ち是れ盗跖を重利するなり。之が斗斛(とこく)を為りて以て之を量らば、則ち並びに斗斛と与に之を竊む。之が権衡(けんこう)を為りて以て之を称(はか)らば、則ち並びに権衡と与に之を竊む。之が符璽(ふじ)を為りて以て之を信ぜしめば、則ち並びに符璽と与に之を竊む。之が仁義を為りて以て之を矯(ただ)さば、則ち並びに仁義と与に之を竊む。何を以て其の然るを知るか。彼の鉤(かぎ)を竊む者は誅せられ、国を竊む者は諸侯と為る。諸侯の門にして、仁義焉(ここ)に存す。則ち是れ仁義聖知を竊むに非ざるか。故に大盗を逐(お)い、諸侯を掲げ、仁義並びに斗斛・権衡・符璽の利を竊む者は、軒冕(けんべん)の賞有りと雖も勧むる能わず、斧鉞(ふえつ)の威も禁ずる能わず。此れ盗跖を重利して禁ずべからざらしむる者は、是れ乃ち聖人の過ちなり。故に曰く、「魚は淵を脱すべからず、国の利器は以て人に示すべからず」と。彼の聖人なる者は、天下の利器なり。天下を明らかにする所以に非ざるなり。故に聖を絶ち知を棄つれば、大盗乃ち止む。玉を擿(す)て珠を毀(やぶ)れば、小盗起こらず。符を焚(や)き璽を破れば、而して民は朴鄙(ぼくひ)なり。斗を掊(くだ)き衡を折らば、而して民は争わず。天下の聖法を殫残(たんざん)せば、而して民は始めて与に論議すべし。六律を擢乱(てきらん)し、竽瑟(うしつ)を鑠絶(しゃくぜつ)し、瞽曠(ここう)の耳を塞がば、而して天下始めて人は其の聡を含まん。文章を滅し、五采を散じ、離朱の目を膠(にかわ)せば、而して天下始めて人は其の明を含まん。鉤縄を毀絶して規矩を棄て、工倕(こうすい)の指を攦(お)らば、而して天下始めて人は其の巧を有たん。故に曰く、「大巧は拙(せつ)なるが若し」と。曾・史の行を削り、楊・墨の口を鉗(かん)し、仁義を攘棄(じょうき)せば、而して天下の徳は始めて玄同(げんどう)せん。彼の人其の明を含めば、則ち天下は鑠(と)けず。人其の聡を含めば、則ち天下は累(わずら)わず。人其の知を含めば、則ち天下は惑わず。人其の徳を含めば、則ち天下は僻(かたよ)らず。彼の曾・史、楊・墨、師曠、工倕、離朱は、皆な外に其の徳を立てて、以て天下を爚乱(やくらん)する者なり。法の用うる所無きなり。

現代語訳

だから言うのだ。「唇がなくなれば歯が寒くなり、魯の酒が薄かったために邯鄲が囲まれ、聖人が生まれたから大泥棒が現れた」と。聖人を打ちのめし、盗賊を放っておけば、天下はようやく治まるだろう。川が涸れれば谷は空になり、丘が崩れれば淵は埋まる。聖人が死んでしまえば、大泥棒も現れず、天下は平穏で何事もなくなる。聖人が死なない限り、大泥棒も絶えない。聖人を尊んで天下を治めようとしても、それは盗跖に大きな利益を与えるだけだ。枡を作って量ろうとすれば、枡ごと盗まれる。秤を作って量ろうとすれば、秤ごと盗まれる。割符や印璽を作って信を立てようとすれば、割符や印璽ごと盗まれる。仁義を作って正そうとすれば、仁義ごと盗まれる。なぜそう言えるのか。帯留めの金具を盗んだ者は死刑になり、国を盗んだ者は諸侯になる。そして諸侯の門には、仁義がちゃんと備わっている。これこそ、仁義や聖知を盗んだということではないか。だから、大泥棒の後を追い、諸侯に祭り上げられ、仁義とともに枡や秤や印璽の利益まで盗む者は、高位高官の褒賞でも引き止められず、斧や鉞の脅しでも止められない。盗跖に大きな利益を与えて、止められなくしてしまった。これこそ聖人の過ちだ。だから言うのだ。「魚は淵から出てはならない。国の切れ味鋭い道具は、人に見せてはならない」と。あの聖人こそが、天下の切れ味鋭い道具なのだ。天下に見せびらかしてよいものではない。だから、聖を絶ち知を棄てれば、大泥棒はやむ。玉を捨て珠を砕けば、こそ泥は現れない。割符を焼き印璽を壊せば、民は素朴になる。枡を砕き秤を折れば、民は争わない。天下の聖なる法をことごとく壊してしまえば、民はようやく議論できるようになる。音律をかき乱し、笛や琴を焼き捨て、師曠の耳をふさげば、天下の人はようやく自分の聴力を保つ。模様を消し、五色を散らし、離朱の目を塞げば、天下の人はようやく自分の視力を保つ。曲尺や墨縄を壊し、コンパスや定規を捨て、名工の指を折れば、天下の人はようやく自分の技を持つ。だから言うのだ。「大いなる巧みさは、拙く見える」と。曾参や史鰌の行いを削り、楊朱や墨翟の口を封じ、仁義を投げ捨てれば、天下の徳はようやく深く一つになる。人が自分の目を保てば、天下は溶かされない。自分の耳を保てば、天下は煩わされない。自分の知を保てば、天下は惑わない。自分の徳を保てば、天下は偏らない。あの曾参、史鰌、楊朱、墨翟、師曠、工倕、離朱は、みな徳を外に打ち立てて、それで天下をかき乱した者たちだ。手本にする価値などない。

解説

「聖人生じて大盗起こる」という、荘子の中で最も過激な主張が展開される一段です。枡を作れば枡ごと盗まれ、秤を作れば秤ごと盗まれ、仁義を作れば仁義ごと盗まれる。基準を作ること自体が、それを悪用する者を生むのだ、と。極めつけは「鉤を竊む者は誅せられ、国を竊む者は諸侯と為る」。小さく盗めば処刑され、大きく盗めば君主になる。二千年前の言葉とは思えない鋭さです。ただし、これを額面通り「制度を全部壊せ」と読むのは早計でしょう。荘子が突いているのは、外に基準を立てると、人は自分の内なる判断力を失うという一点です。「人其の明を含めば、則ち天下は鑠けず」。外の基準に頼らず、自分の目で見られる人を育てること。それが本当の狙いです。

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