荘子 / 人間世
孔子適楚,楚狂接輿遊其門曰:「鳳兮鳳兮,何如德之衰也!來世不可待,往世不可追也。天下有道,聖人成焉;天下無道,聖人生焉。方今之時,僅免刑焉。福輕乎羽,莫之知載;禍重乎地,莫之知避。已乎已乎,臨人以德!殆乎殆乎,畫地而趨!迷陽迷陽,無傷吾行!吾行卻曲,無傷吾足!」
新字:孔子適楚,楚狂接輿遊其門曰:「鳳兮鳳兮,何如徳之衰也!来世不可待,往世不可追也。天下有道,聖人成焉;天下無道,聖人生焉。方今之時,僅免刑焉。福軽乎羽,莫之知載;禍重乎地,莫之知避。已乎已乎,臨人以徳!殆乎殆乎,画地而趨!迷陽迷陽,無傷吾行!吾行却曲,無傷吾足!」
書き下し
孔子楚に適(ゆ)く。楚の狂接輿(きょうせつよ)其の門に遊びて曰く、「鳳(ほう)よ鳳よ、何ぞ徳の衰えたるが如きや。来世は待つべからず、往世は追うべからざるなり。天下に道有れば、聖人は成す。天下に道無ければ、聖人は生く。方今(ほうこん)の時、僅(わず)かに刑を免るるのみ。福は羽よりも軽きも、之を載するを知る莫し。禍は地よりも重きも、之を避くるを知る莫し。已めよ已めよ、人に臨むに徳を以てするは。殆(あや)ういかな殆ういかな、地を画して趨(はし)るは。迷陽(めいよう)迷陽、吾が行を傷(そこな)う無かれ。吾が行は卻曲(きゃっきょく)す、吾が足を傷う無かれ」と。
現代語訳
孔子が楚の国へ行った。楚の狂人・接輿が孔子の宿の門先をうろつきながら歌った。「鳳よ、鳳よ。どうして徳がこんなにも衰えてしまったのか。来る世を待つことはできず、過ぎた世を追うこともできない。天下に道が行われていれば、聖人は事を成し遂げる。天下に道が失われていれば、聖人はただ生き延びるだけだ。今の世では、かろうじて刑罰を免れるのが精一杯だ。幸福は羽より軽いのに、誰もそれを載せて運ぶ術を知らない。災いは大地より重いのに、誰もそれを避ける術を知らない。やめよ、やめよ。徳をもって人に臨もうとするのは。危ういぞ、危ういぞ。地面に線を引いて、その中を走り回るのは。いばらよ、いばらよ、私の歩みを傷つけてくれるな。私の歩みは曲がりくねっている。私の足を傷つけてくれるな」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・微子篇楚の狂接輿、歌いて孔子を過ぎて曰く、「鳳や、鳳や、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諫む可からず、来る者は猶お追う可し。已みなん、已みなん。今の政に従う者は殆うし。」孔子下りて、之と言わんと欲す。趨りて之を辟く。之と言うことを得ず。
-
荘子・応帝王肩吾(けんご)狂接輿(きょうせつよ)に見(まみ)ゆ。狂接輿曰く、「日中始(じつちゅうし)は何を以て女(なんじ)に語れるか」と。肩吾曰く、「我に告ぐ、人に君たる者、己を以て経式義度(けいしきぎど)を出さば、人孰(たれ)か敢えて聴きて諸(これ)に化せざらんや、と」。狂接輿曰く、「是れ欺(ぎ)の徳なり。其の天下を治むるに於けるや、猶お海を渉(わた)り河を鑿(うが)ちて、蚉(ぶん)をして山を負わしむるがごときなり。夫れ聖人の治むるや、外を治めんや。正しくして而る後に行う。確乎(かっこ)として其の事を能くする者のみ。且つ鳥は高く飛びて以て矰弋(そうよく)の害を避け、鼷鼠(けいそ)は神丘の下に深く穴して、以て熏鑿(くんさく)の患いを避く。而るに曾(すなわ)ち二虫の無知にもしかざるか」と。
-
荘子・人間世顔回(がんかい)仲尼(ちゅうじ)に見(まみ)えて行かんことを請う。曰く、「奚(いず)くにか之(ゆ)く」と。曰く、「将に衛に之かんとす」と。曰く、「奚(なに)を為さんとするか」と。曰く、「回聞く、衛君(えいくん)、其の年壮にして、其の行い独なり。軽々しく其の国を用いて、其の過ちを見ず。軽々しく民の死を用いて、死者は国を以て沢に量(はか)ること、蕉(こ)げたる若し。民其れ如(ゆ)く無きなり。回嘗て之を夫子に聞けり。曰く、『治国は之を去り、乱国は之に就(つ)く。医門に疾(やまい)多し』と。願わくは聞く所を以て其の則を思わん。庶幾(こいねがわ)くは其の国瘳(い)ゆること有らんか」と。仲尼曰く、「譆(ああ)、若(なんじ)は殆(ほとん)ど往きて刑せられんのみ。夫れ道は雑(まじ)わるを欲せず。雑われば則ち多く、多ければ則ち擾(みだ)れ、擾るれば則ち憂え、憂えて救われず。古の至人は、先ず諸(これ)を己に存して、而る後に諸を人に存す。己に存する所の者未だ定まらざるに、何ぞ暴人の行う所に至るに暇(いとま)あらんや。且つ若も亦た夫の徳の蕩(うご)かさるる所、而して知の出づる所を知るか。徳は名に蕩かされ、知は争いに出づ。名なる者は相軋(あいきし)るなり。知なる者は争いの器なり。二者は凶器なり。行いを尽くす所以に非ざるなり。且つ徳厚く信矼(しんこう)なるも、未だ人の気に達せず。名聞(めいぶん)争わざるも、未だ人の心に達せず。而るに彊(し)いて仁義縄墨(じょうぼく)の言を以て暴人の前に術(の)ぶる者は、是れ人の悪を以て其の美を有するなり。之を命(な)づけて人を菑(そこな)うと曰う。人を菑う者は、人必ず反って之を菑う。若は殆ど人に菑われんかな。且つ苟(も)し賢を悦びて不肖を悪(にく)むと為さば、悪(いず)くんぞ而(なんじ)を用いて異なる有るを求めんや。若し唯だ詔(つ)ぐる无(な)くんば、王公は必ず将に人に乗じて其の捷(しょう)を闘わさんとす。而(なんじ)の目は将に之に熒(まど)わされ、而の色は将に之を平らげ、口は将に之を営み、容は将に之を形(あら)わし、心は且に之を成さんとす。是れ火を以て火を救い、水を以て水を救うなり。之を名づけて益多(えきた)と曰う。始めに順えば窮まり无し。若し殆ど信ならざるを以て言を厚くせば、必ず暴人の前に死せん。且つ昔者(むかし)桀(けつ)は関龍逢(かんりょうほう)を殺し、紂(ちゅう)は王子比干(ひかん)を殺せり。是れ皆な其の身を修めて以て下(しも)は人の民を傴拊(くふ)し、以て下は其の上に拂(もと)れる者なり。故に其の君は其の修まれるに因りて之を擠(お)とす。是れ名を好む者なり。昔者堯は叢枝(そうし)・胥敖(しょごう)を攻め、禹は有扈(ゆうこ)を攻む。国は虚厲(きょれい)と為り、身は刑戮(けいりく)と為る。其の兵を用うること止まず、其の実を求むること已(や)む无し。是れ皆な名と実とを求むる者なり。而るに独り之を聞かざるか。名と実とは、聖人も勝つ能わざる所なり。而るを況んや若をや。然りと雖も、若必ず以(ゆえ)有らん。嘗(こころ)みに以て我に語り来たれ」と。顔回曰く、「端(たん)にして虚、勉めて一ならば、則ち可ならんか」と。曰く、「悪(ああ)、悪(いず)くんぞ可ならんや。夫れ陽を以て充つること孔(はなは)だ揚がり、采色(さいしょく)定まらず、常人の違(さか)らわざる所なり。人の感ずる所を因案(いんあん)して、以て容(い)れられんことを其の心に求む。之を名づけて日漸(にちぜん)の徳と曰うも成らず。而るを況んや大徳をや。将に執りて化せず、外は合して内は訾(そし)らざらんとす。其れ庸詎(なん)ぞ可ならんや」と。「然らば則ち我は内は直にして外は曲、成(せい)にして上(かみ)に比(なら)わん。内直なる者は、天と徒(と)を為す。天と徒を為す者は、天子と己と皆な天の子とする所なるを知る。而して独り己の言を以て人の之を善しとせんことを蘄(もと)め、人の之を善しとせざらんことを蘄めんや。若(かく)の若き者は、人之を童子と謂う。是を之れ天と徒を為すと謂う。外曲なる者は、人と徒を為すなり。擎(けい)・跽(き)・曲拳(きょくけん)は、人臣の礼なり。人皆な之を為す。吾敢えて為さざらんや。人の為す所を為す者は、人も亦た疵(そし)る无し。是を之れ人と徒を為すと謂う。成にして上に比う者は、古と徒を為す。其の言は教なりと雖も、之を讁(せ)むるの実なり。古の有する所なり、吾の有する所に非ざるなり。若の若き者は、直と雖も病と為さず。是を之れ古と徒を為すと謂う。是(かく)の若くんば、則ち可ならんか」と。仲尼曰く、「悪、悪くんぞ可ならんや。政(ととの)うること大いに多く、法りて諜(やす)からず。固しと雖も、亦た罪无し。然りと雖も、是に止まるのみ。夫れ胡(なん)ぞ以て化に及ぶべけんや。猶お心を師とする者なり」と。
-
荘子・漁父孔子愀然(しゅうぜん)として歎じ、再拝して起ちて曰く、「丘は再び魯に逐われ、跡を衛に削られ、樹を宋に伐られ、陳・蔡に囲まる。丘は失う所を知らず。而して此の四謗に離(かか)るは何ぞや」と。客悽然(せいぜん)として容を変じて曰く、「甚だしいかな子の悟り難きや。人に影を畏れ跡を悪みて之を去りて走る者有り。足を挙ぐること愈(いよい)よ数(しばしば)にして跡愈よ多く、走ること愈よ疾(と)くして影は身を離れず。自ら以為(おも)えらく尚お遅しと。疾く走りて休まず、力を絶して死せり。陰に処りて以て影を休め、静に処りて以て跡を息(や)むるを知らず。愚も亦た甚だし。子は仁義の間を審らかにし、同異の際を察し、動静の変を観、受与の度に適し、好悪の情を理(おさ)め、喜怒の節を和す。而も不免に幾(ちか)し。謹みて而(なんじ)の身を修め、慎みて其の真を守り、還(ま)た物を以て人に与えば、則ち累(わずら)わさるる所無からん。今、之を身に修めずして之を人に求む。亦た外ならずや」と。
-
荘子・秋水孔子匡(きょう)に遊ぶ。宋人之を囲むこと数匝(すうそう)なり。而も絃歌(げんか)惙(や)まず。子路入り見て曰く、「何ぞ夫子の娯(たの)しめるや」と。孔子曰く、「来たれ。吾女に語らん。我窮を諱(い)むこと久し。而も免れざるは、命なり。通を求むること久し。而も得ざるは、時なり。堯・舜に当たりて天下に窮人無きは、知の得たるに非ざるなり。桀・紂に当たりて天下に通人無きは、知の失えるに非ざるなり。時勢適(たまた)ま然るなり。夫れ水行して蛟竜を避けざるは、漁父の勇なり。陸行して兕虎(じこ)を避けざるは、猟夫の勇なり。白刃前に交わり、死を視ること生の若き者は、烈士の勇なり。窮の命有るを知り、通の時有るを知り、大難に臨みて懼れざる者は、聖人の勇なり。由(ゆう)処(お)れ。吾が命に制せらるる所有り」と。幾何(いくばく)も無くして、甲を将(ひき)いる者進み、辞して曰く、「以て陽虎と為す。故に之を囲む。今は非なり。請う、辞して退かん」と。
-
荘子・知北遊顔淵仲尼に問いて曰く、「回嘗て諸を夫子に聞けり、曰く、『将(おく)る所有る無く、迎うる所有る無し』と。回敢えて其の遊を問う」と。仲尼曰く、「古の人は、外化して内化せず。今の人は、内化して外化せず。物と化する者は、一に化せざる者なり。安(いず)くんぞ化し安くんぞ化せざらん。安くんぞ之と相靡(あいび)せん。必ず之と多(た)とする莫かれ。狶韋氏(きいし)の囿(その)、黄帝の圃(ほ)、有虞氏の宮、湯・武の室あり。君子の人、儒・墨の者を師とするが若きは、故に是非を以て相𩐋(あいきし)る。而るを況んや今の人をや。聖人は物に処りて物を傷(そこな)わず。物を傷わざる者は、物も亦た傷う能わず。唯だ傷う所無き者のみ、能く人と相将(そうしょう)し相迎うと為す。山林か、皋壌(こうじょう)か、我をして欣欣然(きんきんぜん)として楽しましむるか。楽しみ未だ畢(お)わらざるに、哀しみ又た之に継ぐ。哀楽の来たる、吾禦(ふせ)ぐ能わず。其の去るも止むる能わず。悲しいかな。世人は直(た)だ物の逆旅(げきりょ)たるのみ。夫れ遇うを知りて遇わざる所を知らず。能を能くするを知りて能くせざる所を能くする能わず。無知無能なる者は、固より人の免れざる所なり。夫れ人の免れざる所を免れんことを務むるは、豈に亦た悲しからずや。至言は言を去り、至為は為を去る。知の知る所を斉(ひと)しくせば、則ち浅きなり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る