荘子 / 人間世
顏回見仲尼請行。曰:「奚之?」曰:「將之衛。」曰:「奚為焉?」曰:「回聞衛君,其年壯,其行獨,輕用其國,而不見其過,輕用民死,死者以國量乎澤,若蕉,民其无如矣。回嘗聞之夫子曰:『治國去之,亂國就之,醫門多疾。』願以所聞思其則,庶幾其國有瘳乎!」仲尼曰:「譆!若殆往而刑耳!夫道不欲雜,雜則多,多則擾,擾則憂,憂而不救。古之至人,先存諸己,而後存諸人。所存於己者未定,何暇至於暴人之所行!且若亦知夫德之所蕩,而知之所為出乎哉?德蕩乎名,知出乎爭。名也者,相軋也;知也者,爭之器也。二者凶器,非所以盡行也。且德厚信矼,未達人氣;名聞不爭,未達人心。而彊以仁義繩墨之言術暴人之前者,是以人惡有其美也,命之曰菑人。菑人者,人必反菑之,若殆為人菑夫!且苟為悅賢而惡不肖,惡用而求有以異?若唯无詔,王公必將乘人而鬭其捷。而目將熒之,而色將平之,口將營之,容將形之,心且成之。是以火救火,以水救水,名之曰益多,順始无窮。若殆以不信厚言,必死於暴人之前矣。且昔者桀殺關龍逢,紂殺王子比干,是皆脩其身以下傴拊人之民,以下拂其上者也,故其君因其脩以擠之。是好名者也。昔者堯攻叢枝、胥敖,禹攻有扈,國為虛厲,身為刑戮,其用兵不止,其求實无已。是皆求名、實者也,而獨不聞之乎?名、實者,聖人之所不能勝也,而況若乎!雖然,若必有以也,嘗以語我來!」顏回曰:「端而虛,勉而一,則可乎?」曰:「惡!惡可?夫以陽為充孔揚,采色不定,常人之所不違,因案人之所感,以求容與其心。名之曰日漸之德不成,而況大德乎!將執而不化,外合而內不訾,其庸詎可乎!」「然則我內直而外曲,成而上比。內直者,與天為徒。與天為徒者,知天子之與己皆天之所子,而獨以己言蘄乎而人善之,蘄乎而人不善之邪?若然者,人謂之童子,是之謂與天為徒。外曲者,與人之為徒也。擎、跽、曲拳,人臣之禮也,人皆為之,吾敢不為邪!為人之所為者,人亦无疵焉,是之謂與人為徒。成而上比者,與古為徒。其言雖教,讁之實也。古之有也,非吾有也。若然者,雖直不為病,是之謂與古為徒。若是,則可乎?」仲尼曰:「惡!惡可?大多政,法而不諜,雖固,亦无罪。雖然,止是耳矣,夫胡可以及化!猶師心者也。」
新字:顔回見仲尼請行。曰:「奚之?」曰:「将之衛。」曰:「奚為焉?」曰:「回聞衛君,其年壮,其行独,軽用其国,而不見其過,軽用民死,死者以国量乎沢,若蕉,民其无如矣。回嘗聞之夫子曰:『治国去之,乱国就之,医門多疾。』願以所聞思其則,庶幾其国有瘳乎!」仲尼曰:「譆!若殆往而刑耳!夫道不欲雑,雑則多,多則擾,擾則憂,憂而不救。古之至人,先存諸己,而後存諸人。所存於己者未定,何暇至於暴人之所行!且若亦知夫徳之所蕩,而知之所為出乎哉?徳蕩乎名,知出乎争。名也者,相軋也;知也者,争之器也。二者凶器,非所以尽行也。且徳厚信矼,未達人気;名聞不争,未達人心。而彊以仁義縄墨之言術暴人之前者,是以人悪有其美也,命之曰菑人。菑人者,人必反菑之,若殆為人菑夫!且苟為悦賢而悪不肖,悪用而求有以異?若唯无詔,王公必将乗人而闘其捷。而目将熒之,而色将平之,口将営之,容将形之,心且成之。是以火救火,以水救水,名之曰益多,順始无窮。若殆以不信厚言,必死於暴人之前矣。且昔者桀殺関竜逢,紂殺王子比干,是皆脩其身以下傴拊人之民,以下払其上者也,故其君因其脩以擠之。是好名者也。昔者堯攻叢枝、胥敖,禹攻有扈,国為虚厲,身為刑戮,其用兵不止,其求実无已。是皆求名、実者也,而独不聞之乎?名、実者,聖人之所不能勝也,而況若乎!雖然,若必有以也,嘗以語我来!」顔回曰:「端而虚,勉而一,則可乎?」曰:「悪!悪可?夫以陽為充孔揚,采色不定,常人之所不違,因案人之所感,以求容与其心。名之曰日漸之徳不成,而況大徳乎!将執而不化,外合而内不訾,其庸詎可乎!」「然則我内直而外曲,成而上比。内直者,与天為徒。与天為徒者,知天子之与己皆天之所子,而独以己言蘄乎而人善之,蘄乎而人不善之邪?若然者,人謂之童子,是之謂与天為徒。外曲者,与人之為徒也。擎、跽、曲拳,人臣之礼也,人皆為之,吾敢不為邪!為人之所為者,人亦无疵焉,是之謂与人為徒。成而上比者,与古為徒。其言雖教,讁之実也。古之有也,非吾有也。若然者,雖直不為病,是之謂与古為徒。若是,則可乎?」仲尼曰:「悪!悪可?大多政,法而不諜,雖固,亦无罪。雖然,止是耳矣,夫胡可以及化!猶師心者也。」
書き下し
顔回(がんかい)仲尼(ちゅうじ)に見(まみ)えて行かんことを請う。曰く、「奚(いず)くにか之(ゆ)く」と。曰く、「将に衛に之かんとす」と。曰く、「奚(なに)を為さんとするか」と。曰く、「回聞く、衛君(えいくん)、其の年壮にして、其の行い独なり。軽々しく其の国を用いて、其の過ちを見ず。軽々しく民の死を用いて、死者は国を以て沢に量(はか)ること、蕉(こ)げたる若し。民其れ如(ゆ)く無きなり。回嘗て之を夫子に聞けり。曰く、『治国は之を去り、乱国は之に就(つ)く。医門に疾(やまい)多し』と。願わくは聞く所を以て其の則を思わん。庶幾(こいねがわ)くは其の国瘳(い)ゆること有らんか」と。仲尼曰く、「譆(ああ)、若(なんじ)は殆(ほとん)ど往きて刑せられんのみ。夫れ道は雑(まじ)わるを欲せず。雑われば則ち多く、多ければ則ち擾(みだ)れ、擾るれば則ち憂え、憂えて救われず。古の至人は、先ず諸(これ)を己に存して、而る後に諸を人に存す。己に存する所の者未だ定まらざるに、何ぞ暴人の行う所に至るに暇(いとま)あらんや。且つ若も亦た夫の徳の蕩(うご)かさるる所、而して知の出づる所を知るか。徳は名に蕩かされ、知は争いに出づ。名なる者は相軋(あいきし)るなり。知なる者は争いの器なり。二者は凶器なり。行いを尽くす所以に非ざるなり。且つ徳厚く信矼(しんこう)なるも、未だ人の気に達せず。名聞(めいぶん)争わざるも、未だ人の心に達せず。而るに彊(し)いて仁義縄墨(じょうぼく)の言を以て暴人の前に術(の)ぶる者は、是れ人の悪を以て其の美を有するなり。之を命(な)づけて人を菑(そこな)うと曰う。人を菑う者は、人必ず反って之を菑う。若は殆ど人に菑われんかな。且つ苟(も)し賢を悦びて不肖を悪(にく)むと為さば、悪(いず)くんぞ而(なんじ)を用いて異なる有るを求めんや。若し唯だ詔(つ)ぐる无(な)くんば、王公は必ず将に人に乗じて其の捷(しょう)を闘わさんとす。而(なんじ)の目は将に之に熒(まど)わされ、而の色は将に之を平らげ、口は将に之を営み、容は将に之を形(あら)わし、心は且に之を成さんとす。是れ火を以て火を救い、水を以て水を救うなり。之を名づけて益多(えきた)と曰う。始めに順えば窮まり无し。若し殆ど信ならざるを以て言を厚くせば、必ず暴人の前に死せん。且つ昔者(むかし)桀(けつ)は関龍逢(かんりょうほう)を殺し、紂(ちゅう)は王子比干(ひかん)を殺せり。是れ皆な其の身を修めて以て下(しも)は人の民を傴拊(くふ)し、以て下は其の上に拂(もと)れる者なり。故に其の君は其の修まれるに因りて之を擠(お)とす。是れ名を好む者なり。昔者堯は叢枝(そうし)・胥敖(しょごう)を攻め、禹は有扈(ゆうこ)を攻む。国は虚厲(きょれい)と為り、身は刑戮(けいりく)と為る。其の兵を用うること止まず、其の実を求むること已(や)む无し。是れ皆な名と実とを求むる者なり。而るに独り之を聞かざるか。名と実とは、聖人も勝つ能わざる所なり。而るを況んや若をや。然りと雖も、若必ず以(ゆえ)有らん。嘗(こころ)みに以て我に語り来たれ」と。顔回曰く、「端(たん)にして虚、勉めて一ならば、則ち可ならんか」と。曰く、「悪(ああ)、悪(いず)くんぞ可ならんや。夫れ陽を以て充つること孔(はなは)だ揚がり、采色(さいしょく)定まらず、常人の違(さか)らわざる所なり。人の感ずる所を因案(いんあん)して、以て容(い)れられんことを其の心に求む。之を名づけて日漸(にちぜん)の徳と曰うも成らず。而るを況んや大徳をや。将に執りて化せず、外は合して内は訾(そし)らざらんとす。其れ庸詎(なん)ぞ可ならんや」と。「然らば則ち我は内は直にして外は曲、成(せい)にして上(かみ)に比(なら)わん。内直なる者は、天と徒(と)を為す。天と徒を為す者は、天子と己と皆な天の子とする所なるを知る。而して独り己の言を以て人の之を善しとせんことを蘄(もと)め、人の之を善しとせざらんことを蘄めんや。若(かく)の若き者は、人之を童子と謂う。是を之れ天と徒を為すと謂う。外曲なる者は、人と徒を為すなり。擎(けい)・跽(き)・曲拳(きょくけん)は、人臣の礼なり。人皆な之を為す。吾敢えて為さざらんや。人の為す所を為す者は、人も亦た疵(そし)る无し。是を之れ人と徒を為すと謂う。成にして上に比う者は、古と徒を為す。其の言は教なりと雖も、之を讁(せ)むるの実なり。古の有する所なり、吾の有する所に非ざるなり。若の若き者は、直と雖も病と為さず。是を之れ古と徒を為すと謂う。是(かく)の若くんば、則ち可ならんか」と。仲尼曰く、「悪、悪くんぞ可ならんや。政(ととの)うること大いに多く、法りて諜(やす)からず。固しと雖も、亦た罪无し。然りと雖も、是に止まるのみ。夫れ胡(なん)ぞ以て化に及ぶべけんや。猶お心を師とする者なり」と。
現代語訳
顔回が孔子に会って、旅立ちの許しを請うた。孔子が「どこへ行くのか」と問うと、「衛の国へ参ります」と答えた。「何をしに行くのか」と問うと、顔回は言った。「聞くところによれば、衛の君主は年若く血気盛んで、行いは独断的です。軽々しく国を動かし、自分の過ちを認めません。民の命を軽々しく使い、死者は沼を埋め尽くすほどで、まるで焼け焦げた草のようだといいます。民には行き場がありません。私はかつて先生からこう伺いました。『よく治まっている国は去り、乱れている国に行け。医者の門には病人が多いものだ』と。その教えに従って、あの国を治す方法を考えたいのです。あの国が癒えることを願って」。孔子は言った。「ああ、お前はきっと行って刑に処されるだけだ。そもそも道は雑多になることを嫌う。雑多になれば煩雑になり、煩雑になれば乱れ、乱れれば憂え、憂えれば救えなくなる。昔の至人は、まず自分の内に道を確立し、それから他人に及ぼした。自分の内がまだ定まっていないのに、どうして暴君の行いを正す暇があろうか。それにお前は、徳が何によって損なわれ、知が何から生まれるかを知っているか。徳は名声によって損なわれ、知は争いから生まれる。名声とは互いを押しのけ合うものであり、知とは争いの道具である。この二つは凶器であって、行いを全うするための道具ではない。それに、たとえ徳が厚く誠実であっても、まだ相手の気持ちには届いていない。名声を争わないとしても、まだ相手の心には届いていない。それなのに無理やり仁義や規範の言葉を暴君の前で説けば、それは相手の悪をあげつらって自分の善を誇ることになる。これを『人を害する』という。人を害する者は、必ず人から害される。お前はきっと人に害されるだろう。それに、もし本当にあの君主が賢者を喜び愚者を憎むような人物なら、なぜわざわざお前が行って違う意見を述べる必要があろうか。お前が何も進言しなければよいが、進言すれば、王公は必ず相手の隙に乗じて弁舌の勝負を挑んでくる。お前の目は眩まされ、顔色は取り繕われ、口はごまかしを探し、態度は同調を示し、心はついに相手に飲み込まれる。それは火で火を消し、水で水を止めるようなものだ。これを『いよいよ増やす』という。最初に迎合すれば、あとは際限がない。お前が信頼も得ぬまま重い言葉を述べれば、必ず暴君の前で死ぬことになる。かつて桀は関龍逢を殺し、紂は王子比干を殺した。彼らはみな自分の身を修め、下の者として民をいたわり、そのために上に逆らった者たちだ。だからその君主は、彼らが立派であることを理由に彼らを陥れた。これは名を好んだ者の末路だ。昔、堯は叢枝と胥敖を攻め、禹は有扈を攻めた。国は廃墟となり、その君主は殺された。兵を用いることをやめず、実利を求めることをやめなかったからだ。これらはみな名と実を求めた者だ。お前はそれを聞いたことがないのか。名と実とは、聖人でさえ勝てないものだ。まして、お前ごときにどうして勝てようか。とはいえ、お前にも考えがあるのだろう。ためしに聞かせてみよ」。顔回は言った。「態度を端正にして心を虚しくし、努力して一途であれば、よろしいでしょうか」。「ああ、それでどうしてよかろうか。あの君主は陽の気に満ちあふれて意気盛んで、顔色も定まらず、常人が誰も逆らえない。人の気持ちを押さえつけて、自分の心が受け入れられることだけを求めている。日々少しずつ徳を養う、ということすらできない相手だ。まして大きな徳などどうして及ぼせよう。彼は自説に固執して変わらず、外面だけ合わせて内心では反省しない。それでどうしてうまくいこうか」。「では、内心はまっすぐに、外面は柔らかく従い、古人の言葉を引いて上位者になぞらえて述べます。内心をまっすぐにする者は、天と仲間になります。天と仲間になる者は、天子も自分も等しく天の子であることを知っています。そうであれば、自分の言葉を人が善いと言おうが言うまいが、気にする必要がありましょうか。そういう人を、世間は無邪気な子供と呼びます。これが天と仲間になるということです。外面を柔らかくする者は、人と仲間になります。手を上げ、ひざまずき、身をかがめるのは臣下の礼です。誰もがやっていることを、私だけがやらないわけにはいきません。人と同じことをする者は、人からも咎められません。これが人と仲間になるということです。古人の言葉を引いて述べる者は、古と仲間になります。その言葉は教えではありますが、実質は君主を責めるものです。しかしそれは古人の言葉であって、私の言葉ではありません。そうであれば、まっすぐに言っても咎められません。これが古と仲間になるということです。これならば、いかがでしょうか」。孔子は言った。「ああ、それでどうしてよかろうか。整えることが多すぎて、型にはまって落ち着かない。頑固ではあるが、罪にはなるまい。しかし、せいぜいそこまでのことだ。どうして相手を変えるところまで及ぼうか。それはまだ、自分の心を師としているだけだ」と。
解説
この章句が説くこと
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荘子・人間世葉公子高(しょうこうしこう)将に斉に使いせんとし、仲尼に問いて曰く、「王の諸梁(しょりょう)を使わすや甚だ重し。斉の使者を待つは、蓋(けだ)し将に甚だ敬して急ならざらんとす。匹夫すら猶お未だ動かすべからず。而るを況んや諸侯をや。吾甚だ之を慄(おそ)る。子は常に諸梁に語りて曰く、『凡そ事は小の若く大の若きも、道(よ)らずして懽(よろこ)びて成ること寡(すく)なし。事若し成らざれば、則ち必ず人道の患(うれ)い有り。事若し成らば、則ち必ず陰陽の患い有り。成るが若きも成らざるが若きも而る後に患い無き者は、唯だ有徳者のみ之を能くす』と。吾が食(しょく)や、粗を執りて臧(よ)からず。爨(かし)ぐに清きを欲する人無し。今吾は朝に命を受けて夕に冰(こおり)を飲む。我は其れ内熱するか。吾未だ事の情に至らずして、既に陰陽の患い有り。事若し成らずんば、必ず人道の患い有らん。是れ両つながらなり。人臣たる者は以て之に任ずるに足らず。子は其れ以て我に語ること有り来たれ」と。仲尼曰く、「天下に大戒二つ有り。其の一は命なり。其の一は義なり。子の親を愛するは命なり、心より解くべからず。臣の君に事(つか)うるは義なり、適(ゆ)くとして君に非ざる無く、天地の間に逃るる所無し。是を之れ大戒と謂う。是を以て夫れ其の親に事うる者は、地を択ばずして之に安んず、孝の至りなり。夫れ其の君に事うる者は、事を択ばずして之に安んず、忠の盛んなるなり。自ら其の心に事うる者は、哀楽(あいらく)前に易施(えきし)せず、其の奈何(いかん)ともすべからざるを知りて之に安んずること命の若くす、徳の至りなり。人の臣子たる者は、固より已むを得ざる所有り。事の情を行いて其の身を忘る。何ぞ生を悦びて死を悪(にく)むに至るに暇あらんや。夫子其れ行きて可なり。丘(きゅう)請う復(ま)た聞く所を以てせん。凡そ交わりは、近ければ則ち必ず相靡(あいなび)くに信を以てし、遠ければ則ち必ず之を忠にするに言を以てす。言は必ず或(あ)るひと之を伝う。夫れ両つながら喜び両つながら怒るの言を伝うるは、天下の難き者なり。夫れ両つながら喜べば必ず溢美(いつび)の言多く、両つながら怒れば必ず溢悪(いつあく)の言多し。凡そ溢るるの類は妄なり。妄なれば則ち其れ之を信ずること莫し。莫ければ則ち言を伝うる者殃(わざわい)あり。故に法言に曰く、『其の常情を伝えて、其の溢言を伝うる無くんば、則ち全きに幾(ちか)し』と。且つ巧を以て力を闘わす者は、陽に始まり、常に陰に卒(お)わる。大いに至れば則ち奇巧多し。礼を以て酒を飲む者は、治に始まり、常に乱に卒わる。大いに至れば則ち奇楽多し。凡そ事も亦た然り。諒(りょう)に始まり、常に鄙(ひ)に卒わる。其の始めを作すや簡なるも、其の将に畢(お)わらんとするや必ず巨なり。夫れ言なる者は風波なり。行なる者は実の喪なり。風波は以て動き易く、実の喪は以て危うくし易し。故に忿(いかり)の設(お)こるは由(よし)無し。巧言偏辞(へんじ)なればなり。獣は死するに音を択ばず、気息(きそく)茀然(ふつぜん)たり。是に於いて並びに心厲(しんれい)を生ず。剋核(こっかく)大いに至れば、則ち必ず不肖の心有りて之に応ず。而も其の然るを知らざるなり。苟(も)し其の然るを知らざれば、孰(たれ)か其の終わる所を知らん。故に法言に曰く、『令を遷(うつ)す無かれ、成を勧むる無かれ』と。度を過ぐるは、益(ますま)すなり。令を遷し成を勧むるは事を殆(あや)うくす。美き成は久しきに在り、悪しき成は改むるに及ばず。慎まざるべけんや。且つ夫れ物に乗じて以て心を遊ばしめ、已むを得ざるに託して以て中を養うは、至れり。何ぞ報を作為せんや。命を致すを為すに若(し)くは莫し。此れ其の難き者なり」と。
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荘子・人間世顔回曰く、「吾以て進む无し。敢えて其の方を問う」と。仲尼曰く、「斎(さい)せよ。吾将に若に語らんとす。有りて之を為さば、其れ易(やす)からんや。之を易しとする者は、皞天(こうてん)宜(よろ)しとせず」と。顔回曰く、「回の家は貧し。唯だ酒を飲まず葷(くん)を茹(くら)わざること数月なり。此の若くんば、則ち以て斎と為すべきか」と。曰く、「是れ祭祀の斎なり、心斎(しんさい)に非ざるなり」と。回曰く、「敢えて心斎を問う」と。仲尼曰く、「若(なんじ)志を一にせよ。之を聴くに耳を以てする无くして、之を聴くに心を以てせよ。之を聴くに心を以てする无くして、之を聴くに気を以てせよ。聴くは耳に止まり、心は符(ふ)に止まる。気なる者は、虚にして物を待つ者なり。唯だ道は虚に集まる。虚なる者は、心斎なり」と。顔回曰く、「回の未だ始めより使(し)を得ざるや、実に回よりす。之を使うを得るや、未だ始めより回有らざるなり。虚と謂うべきか」と。夫子曰く、「尽くせり。吾若に語らん。若し能く其の樊(はん)に入りて遊びて其の名に感ずる无く、入れば則ち鳴き、入らざれば則ち止まらば、門无く毒(どく)无く、一宅(いったく)にして不得已(やむをえず)に寓(よ)せば、則ち幾(ちか)し。迹を絶つは易く、地を行かざるは難し。人の使と為るは、偽を以てし易し。天の使と為るは、偽を以てし難し。翼有るを以て飛ぶ者を聞けるも、未だ翼无きを以て飛ぶ者を聞かざるなり。知有るを以て知る者を聞けるも、未だ知无きを以て知る者を聞かざるなり。彼の闋(あ)ける者を瞻(み)よ。虚室に白を生じ、吉祥は止(し)に止まる。夫れ且つ止まらざる、是を之れ坐馳(ざち)と謂う。夫れ耳目を徇(したが)えて内に通じ、而して心知を外にせば、鬼神も将に来たり舎(やど)らんとす。而るを況んや人をや。是れ万物の化なり。禹・舜の紐(むす)ぶ所なり。伏戲(ふくぎ)・几蘧(きけ)の行いて終わる所なり。而るを況んや散(さん)なる者をや」と。
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荘子・知北遊顔淵仲尼に問いて曰く、「回嘗て諸を夫子に聞けり、曰く、『将(おく)る所有る無く、迎うる所有る無し』と。回敢えて其の遊を問う」と。仲尼曰く、「古の人は、外化して内化せず。今の人は、内化して外化せず。物と化する者は、一に化せざる者なり。安(いず)くんぞ化し安くんぞ化せざらん。安くんぞ之と相靡(あいび)せん。必ず之と多(た)とする莫かれ。狶韋氏(きいし)の囿(その)、黄帝の圃(ほ)、有虞氏の宮、湯・武の室あり。君子の人、儒・墨の者を師とするが若きは、故に是非を以て相𩐋(あいきし)る。而るを況んや今の人をや。聖人は物に処りて物を傷(そこな)わず。物を傷わざる者は、物も亦た傷う能わず。唯だ傷う所無き者のみ、能く人と相将(そうしょう)し相迎うと為す。山林か、皋壌(こうじょう)か、我をして欣欣然(きんきんぜん)として楽しましむるか。楽しみ未だ畢(お)わらざるに、哀しみ又た之に継ぐ。哀楽の来たる、吾禦(ふせ)ぐ能わず。其の去るも止むる能わず。悲しいかな。世人は直(た)だ物の逆旅(げきりょ)たるのみ。夫れ遇うを知りて遇わざる所を知らず。能を能くするを知りて能くせざる所を能くする能わず。無知無能なる者は、固より人の免れざる所なり。夫れ人の免れざる所を免れんことを務むるは、豈に亦た悲しからずや。至言は言を去り、至為は為を去る。知の知る所を斉(ひと)しくせば、則ち浅きなり」と。
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荘子・至楽顔淵東のかた斉に之く。孔子憂色有り。子貢席を下りて問いて曰く、「小子敢えて問う。回東のかた斉に之くに、夫子憂色有るは、何ぞや」と。孔子曰く、「善いかな汝の問いや。昔者(むかし)管子に言有り。丘甚だ之を善しとす。曰く、『褚(ふくろ)の小なる者は以て大を懐(い)るべからず。綆(つるべなわ)の短き者は以て深きを汲むべからず』と。夫れ是(かく)の若き者は、命に成る所有りて形に適する所有りと為す。夫れ損益すべからず。吾は恐る、回の斉侯と堯・舜・黄帝の道を言い、而して重ぬるに燧人・神農の言を以てせんことを。彼将に内に己に求めて得ざらんとす。得ざれば則ち惑う。人惑えば則ち死す。且つ女は独り聞かざるか。昔者海鳥魯の郊に止まる。魯侯御して之を廟に觴(さかづき)す。九韶(きゅうしょう)を奏して以て楽と為し、太牢(たいろう)を具えて以て善と為す。鳥は乃ち眩視(げんし)憂悲し、敢えて一臠(いちれん)を食らわず、敢えて一杯を飲まず。三日にして死せり。此れ己を養うを以て鳥を養うなり。鳥を養うを以て鳥を養うに非ざるなり。夫れ鳥を養うを以て鳥を養う者は、宜しく之を深林に栖(す)ましめ、之を壇陸に遊ばしめ、之を江湖に浮かべ、之に鰍鰷(しゅうじょう)を食らわしめ、行列に随いて止まり、委蛇(いい)として処らしむべし。彼は唯だ人言の聞くを悪(にく)む。奚(なん)ぞ夫の譊譊(どうどう)たるを以て為さんや。咸池・九韶の楽、之を洞庭の野に張らば、鳥は之を聞きて飛び、獣は之を聞きて走り、魚は之を聞きて下り入る。人卒(じんそつ)は之を聞き、相与に還りて之を観る。魚は水に処りて生き、人は水に処りて死す。故に必ず相与に異なる。其の好悪故に異なるなり。故に先聖は其の能を一にせず、其の事を同じくせず。名は実に止まり、義は適に設く。是を之れ条達して福持すと謂う」と。
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荘子・人間世顔闔(がんこう)将に衛の霊公の大子(たいし)に傅(ふ)たらんとし、蘧伯玉(きょはくぎょく)に問いて曰く、「此に人有り、其の徳は天殺(てんさつ)なり。之と与(とも)に方(のり)無きを為さば、則ち吾が国を危うくす。之と与に方有るを為さば、則ち吾が身を危うくす。其の知は適(まさ)に人の過ちを知るに足るも、而も其の過つ所以を知らず。是(かく)の若き者、吾之を奈何(いかん)せん」と。蘧伯玉曰く、「善いかな問いや。之を戒め之を慎み、汝の身を正しくせよ。形は就(つ)くに若くは莫く、心は和するに若くは莫し。然りと雖も、之の二者に患い有り。就くも入るを欲せず、和するも出づるを欲せず。形就きて入らば、且に顛(くつがえ)り滅と為り、崩れ蹶(たお)れんとす。心和して出づれば、且に声と為り名と為り、妖と為り孽(わざわい)と為らんとす。彼且に嬰児を為さんとせば、亦た之と与に嬰児を為せ。彼且に町畦(ちょうけい)無きを為さんとせば、亦た之と与に町畦無きを為せ。彼且に崖(がい)無きを為さんとせば、亦た之と与に崖無きを為せ。之を達して、疵(きず)無きに入らしめよ。汝は夫の螳蜋(とうろう)を知らざるか。其の臂(うで)を怒らして以て車轍(しゃてつ)に当たり、其の任に勝えざるを知らず。是れ其の才の美なる者なり。之を戒め之を慎め。而(なんじ)の美を積み伐(ほこ)りて以て之を犯さば、幾(あや)うし。汝は夫の虎を養う者を知らざるか。敢えて生物を以て之に与えず、其の之を殺すの怒を為せばなり。敢えて全物を以て之に与えず、其の之を決(さ)くの怒を為せばなり。其の飢飽(きほう)を時にし、其の怒心に達す。虎の人と類を異にして己を養う者に媚(こ)ぶるは、順なればなり。故に其の殺す者は、逆なればなり。夫れ馬を愛する者は、筐(かご)を以て矢(くそ)を盛り、蜄(はまぐり)を以て溺(にょう)を盛る。適(たまた)ま蚉虻(ぶんぼう)の僕縁(ぼくえん)する有りて、之を拊(う)つこと時ならざれば、則ち銜(くつわ)を缺(か)き首を毀(やぶ)り胸を砕く。意(こころ)に至る所有りて、愛に亡(うしな)う所有り。慎まざるべけんや」と。
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荘子・盗跖子張曰く、「子、行を為さずんば、即ち将に疎戚(そせき)に倫無く、貴賎に義無く、長幼に序無からんとす。五紀六位、将に何を以て別を為さんや」と。満苟得曰く、「堯は長子を殺し、舜は母弟を流す。疎戚に倫有らんか。湯は桀を放ち、武王は紂を伐つ。貴賎に義有らんか。王季は適と為り、周公は兄を殺す。長幼に序有らんか。儒者は偽辞し、墨者は兼愛す。五紀六位、将に別有らんか。且つ子は正に名を為し、我は正に利を為す。名利の実は、理に順わず、道に監(かんが)みず。吾は日に子と無約(むやく)に訟えん。曰く、『小人は財に殉じ、君子は名に殉ず。其の情を変じ、其の性を易うる所以は、則ち異なれり。乃ち其の為す所を棄てて其の為さざる所に殉ずるに至りては、則ち一なり』と。故に曰く、小人と為ること無く、反りて而(なんじ)の天に殉ぜよ。君子と為ること無く、天の理に従え。若(も)しくは枉(まが)り若しくは直(なお)く、而の天極を相(み)よ。四方を面観し、時と与に消息せよ。若しくは是、若しくは非、而の円機を執れ。独り而の意を成し、道と徘徊せよ。而の行を転ずる無かれ。而の義を成す無かれ。将に而の為す所を失わんとす。而の富に赴く無かれ。而の成に殉ずる無かれ。将に而の天を棄てんとす。比干は心を剖かれ、子胥は眼を抉(えぐ)らる。忠の禍なり。直躬(ちょっきゅう)は父を証し、尾生は溺死す。信の患いなり。鮑子は立ちて乾(かわ)き、申子は自ら理(ただ)さず。廉の害なり。孔子は母を見ず、匡子は父を見ず。義の失なり。此れ上世の伝うる所、下世の語る所なり。以為(おも)えらく、士たる者は其の言を正し、其の行を必とす。故に其の殃(わざわい)に服し、其の患いに離(かか)ると」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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