荘子 / 養生主
指窮於為薪,火傳也,不知其盡也。
新字:指窮於為薪,火伝也,不知其尽也。
書き下し
指(ゆび)は薪(たきぎ)を為すに窮(きわ)まるも、火は伝わりて、其の尽くるを知らざるなり。
現代語訳
薪をくべる指の働きには、いつか限りが来る。しかし火は次の薪へと伝わっていき、尽きることを知らない。
解説
養生主篇を締めくくる、たった一行の一段です。薪は燃え尽き、くべる指もいつか力尽きる。しかし、火は次の薪に移り、燃え続ける。ここには、個体の死を超えて受け継がれていくものへの、静かな信頼があります。荘子は不老不死を説いているのではありません。自分という薪はいずれ燃え尽きるが、それでいいのだと言っているのです。大切なのは、火を絶やさずに次へ渡すこと。人に教えることも、書き残すことも、まさにこれです。自分がいつまでも続けられるわけではない。しかし、灯した火は次の誰かに移り、燃え続けます。自分が燃え尽きることを恐れるより、渡すべき火を持っているかを問うべきなのです。
この章句が説くこと
薪尽火伝受け継がれるもの個を超えて続く火を渡す
関連する章句
-
荘子・養生主吾が生や涯(かぎ)り有り、而して知や涯り无(な)し。涯り有るを以て涯り无きに随うは、殆(あや)うきのみ。已(すで)にして知を為す者は、殆うきのみ。善を為すも名に近づく无く、悪を為すも刑に近づく无し。督(とく)に縁(よ)りて以て経(つね)と為さば、以て身を保つべく、以て生を全うすべく、以て親を養うべく、以て年を尽くすべし。
-
荘子・人間世山木(さんぼく)は自ら寇(あだ)するなり。膏火(こうか)は自ら煎(に)るなり。桂(けい)は食らうべし、故に之を伐(き)る。漆(うるし)は用うべし、故に之を割く。人は皆な有用の用を知るも、而も無用の用を知る莫きなり。
-
『呻吟語』内篇・談道・氣は形を用ひ、形盡くれども氣盡きず氣は形を用ふ、形盡くれども氣盡きず。火は薪を用ふ、薪盡くれども火盡きず。故に天地は惟だ無のみ能く有を用ふ。五行は惟だ火のみ氣と為す、其の四つの者は皆形なり。
-
『養生訓』巻第一・総論上一人の命は我にあり天にあらずと、老子いへり。人の命は、もとより天にうけて生れつきたれども、養生よくすれば長し、養生せざれば短し。然れば、長命ならんも短命ならんも、我心のままなり。身つよく長命に生れつきたる人も、養生の術なければ、早世す。虚弱にて短命なるべきと見ゆる人も、保養よくすれば命長し。是皆人のしわざなれば、天にあらずといへり。もし、すぐれて天年みじかく生れつきたる事、顔子などのごとくなる人にあらずんば、わが養のちからによりて、長生する理なり。たとへば火をうづめて炉中に養へば久しく消えず、風吹く所にあらはし置けば忽きゆ。密橘をあらはに置けば、年の内をもたもたず。もし深くかくし、よく養へば、夏まで保つがごとし。
-
荘子・達生生の情に達する者は、生の以て為す無き所を務めず。命の情に達する者は、知の奈何(いかん)ともする無き所を務めず。形を養うには必ず之に先んずるに物を以てす。物余り有りて形養われざる者有り。生有らんには必ず先ず形を離るる無し。形離れずして生亡(うしな)う者有り。生の来たるは却(しりぞ)くる能わず、其の去るは止むる能わず。悲しいかな。世の人は以て形を養えば以て生を存するに足ると為す。而も形を養うは果たして以て生を存するに足らず。則ち世は奚(なん)ぞ為すに足らんや。為すに足らずと雖も而も為さざるべからざる者は、其の為すこと免れざればなり。
-
『呻吟語』内篇・性命・五行惟だ火のみ體無くして、用窮まらず聲に形色無し、之を器に寄す。火に體質無し、之を薪に寄す。色に著落無し、之を草木に寄す。故に五行惟だ火のみ體無くして、用窮まらず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る