荘子 / 養生主
吾生也有涯,而知也无涯。以有涯隨无涯,殆已;已而為知者,殆而已矣。為善无近名,為惡无近刑。緣督以為經,可以保身,可以全生,可以養親,可以盡年。
新字:吾生也有涯,而知也无涯。以有涯随无涯,殆已;已而為知者,殆而已矣。為善无近名,為悪无近刑。縁督以為経,可以保身,可以全生,可以養親,可以尽年。
書き下し
吾が生や涯(かぎ)り有り、而して知や涯り无(な)し。涯り有るを以て涯り无きに随うは、殆(あや)うきのみ。已(すで)にして知を為す者は、殆うきのみ。善を為すも名に近づく无く、悪を為すも刑に近づく无し。督(とく)に縁(よ)りて以て経(つね)と為さば、以て身を保つべく、以て生を全うすべく、以て親を養うべく、以て年を尽くすべし。
現代語訳
我々の命には限りがあるが、知識には限りがない。限りある命をもって、限りのない知識を追いかけるのは、危ういことだ。それを知りながら、なお知識を追い求めるのは、いよいよ危ういだけである。善いことをしても名声に近づこうとせず、悪いことをしても刑罰に触れるところまでは行かない。体の中心を貫く道筋に沿って、それを常のあり方とする。そうすれば、身を守ることができ、生をまっとうすることができ、親を養うことができ、天寿を尽くすことができる。
解説
養生主篇の総論であり、有名な冒頭句を含む一段です。「吾が生や涯り有り、而して知や涯り无し」。命は有限、知識は無限。だから無限を有限で追いかけるのは危ういと言います。ただしこれは「学ぶな」という意味ではありません。知識を集めることそのものを目的にすると、キリがなく、身を削るだけだと言っているのです。続く「善を為すも名に近づく无く」も味わい深く、善行すら名声を目当てにすればゆがみます。核心は「督に縁りて以て経と為す」、つまり無理のない中心の線に沿って生きること。全力で振り切るのでも、怠けるのでもなく、体と心が続く線を通る。仕事の量も情報の量も無限に増える現代で、これほど切実な処方箋はありません。
この章句が説くこと
生有涯知无涯縁督以為経消耗しない働き方養生の総論養生
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