荘子 / 斉物論
大知閑閑,小知閒閒;大言炎炎,小言詹詹。其寐也魂交,其覺也形開,與接為構,日以心鬭。縵者,窖者,密者。小恐惴惴,大恐縵縵。其發若機栝,其司是非之謂也;其留如詛盟,其守勝之謂也;其殺如秋冬,以言其日消也;其溺之所為之,不可使復之也;其厭也如緘,以言其老洫也;近死之心,莫使復陽也。喜怒哀樂,慮嘆變慹,姚佚啟態;樂出虛,蒸成菌。日夜相代乎前,而莫知其所萌。已乎已乎!旦暮得此,其所由以生乎!
新字:大知閑閑,小知閒閒;大言炎炎,小言詹詹。其寐也魂交,其覚也形開,与接為構,日以心闘。縵者,窖者,密者。小恐惴惴,大恐縵縵。其発若機栝,其司是非之謂也;其留如詛盟,其守勝之謂也;其殺如秋冬,以言其日消也;其溺之所為之,不可使復之也;其厭也如緘,以言其老洫也;近死之心,莫使復陽也。喜怒哀楽,慮嘆変慹,姚佚啓態;楽出虚,蒸成菌。日夜相代乎前,而莫知其所萌。已乎已乎!旦暮得此,其所由以生乎!
書き下し
大知は閑閑(かんかん)、小知は間間(かんかん)。大言は炎炎(えんえん)、小言は詹詹(せんせん)。其の寐(い)ぬるや魂交わり、其の覚むるや形開く。接する与(もの)と構(こう)を為し、日び心を以て闘う。縵(まん)なる者、窖(こう)なる者、密なる者。小恐は惴惴(すいすい)たり、大恐は縵縵(まんまん)たり。其の発すること機栝(きかつ)の若きは、其の是非を司るを之れ謂うなり。其の留まること詛盟(そめい)の如きは、其の勝ちを守るを之れ謂うなり。其の殺(そ)ぐこと秋冬の如きは、以て其の日び消ゆるを言うなり。其の之を為す所に溺るるは、之をして復(かえ)らしむべからざるなり。其の厭(お)すや緘(かん)するが如きは、以て其の老洫(ろういつ)を言うなり。死に近づくの心、復た陽ならしむる莫し。喜怒哀楽、慮嘆変慹(りょたんへんしゅう)、姚佚啓態(ようきつけいたい)。楽は虚より出で、蒸(じょう)は菌を成す。日夜相代(あいかわ)るがわる前に乎(お)こるも、而も其の萌(きざ)す所を知る莫し。已(や)まんかな已まんかな。旦暮(たんぼ)に此を得るは、其れ由りて以て生ずる所か。
現代語訳
大いなる知恵はゆったりと広く、小さな知恵はこせこせと細かい。大いなる言葉は燃え立つように堂々とし、小さな言葉はぺらぺらと騒がしい。人は眠っている時は魂が交錯して夢を見、目覚めれば体が開いて外界と接する。触れるものと絡み合い、毎日心で戦っている。ぼんやりした者、深く隠す者、こまごまと用心深い者。小さな恐れはびくびくとし、大きな恐れはどんよりと重く垂れ込める。その言葉が弓の引き金のように飛び出すのは、是非を裁こうと待ち構えているからだ。その沈黙が誓いを立てたように頑ななのは、勝ちを守ろうとしているからだ。その気力が秋冬のように削がれていくのは、日ごとに命が消えていくからだ。自分のしていることに溺れ込んだ者は、もう引き返させることができない。その心が封をされたように閉じるのは、老いて涸れていくからだ。死に近づいた心は、二度と生気を取り戻せない。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、思い悩み、嘆き、心変わり、こだわり、浮かれ、気ままさ、開き直り、気取り。それらは、笛の音が空洞から生まれるように、蒸れた土からきのこが生えるように湧いてくる。昼となく夜となく、次から次へと目の前に現れるが、どこから芽生えてくるのかは分からない。やめよう、やめよう。朝な夕なにこれらが湧いてくるのは、それらが生まれ出てくる何かがあるからなのだろうか。
解説
この章句が説くこと
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荘子・斉物論彼(かれ)に非ざれば我無く、我に非ざれば取る所無し。是も亦た近し。而も其の使(し)を為す所を知らず。真宰(しんさい)有るが若(ごと)きも、特(た)だ其の眹(きざし)を得ず。行うべきこと已(すで)に信なるも、而も其の形を見ず。情有りて形無し。百骸(ひゃくがい)、九竅(きゅうきょう)、六蔵(ろくぞう)、賅(そな)わりて存す。吾誰と与(とも)にか親を為さん。汝皆之を説(よろこ)ぶか。其れ私(わたくし)有るか。是(かく)の如くんば皆有らんも、臣妾(しんしょう)為(た)らんか。其れ臣妾は以て相治むるに足らざるか。其れ逓(たがい)に相い君臣と為らんか。其れ真君(しんくん)の存する有らんか。如(も)し其の情を求め得ると得ざるとも、其の真に益損無し。一たび其の成形を受くれば、亡(うしな)わずして以て尽くるを待つ。物と相刃(あいじん)し相靡(あいび)す。其の行くこと尽(ことごと)く馳(は)するが如くにして、之を能く止むる莫し。亦た悲しからずや。身を終うるまで役役(えきえき)として而も其の成功を見ず。苶然(でつぜん)として疲役(ひえき)して而も其の帰する所を知らず。哀しからざるべけんや。人之を死せずと謂うも、奚(なん)ぞ益あらん。其の形化して、其の心之と然(しか)り。大哀と謂わざるべけんや。人の生や、固に是(かく)の若く芒(くら)きか。其れ我のみ独り芒くして、人にも亦た芒からざる者有るか。
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荘子・斉物論夫れ其の成心(せいしん)に随いて之を師とせば、誰か独り且(は)た師無からんや。奚(なん)ぞ必ずしも代(たい)を知りて心自ら取る者のみ之れ有らんや。愚者も与(とも)に有り。未だ心を成さずして是非有るは、是れ今日越に適(ゆ)きて昔(きのう)至るなり。是れ有る無きを以て有りと為す。有る無きを有りと為さば、神禹(しんう)有りと雖も、且つ知る能わず。吾独り且た柰何(いかん)せんや。夫れ言は吹くに非ざるなり。言う者は言有り。其の言う所の者は特(た)だ未だ定まらず。果たして言有るか、其れ未だ嘗て言有らざるか。其れ以て鷇音(こうおん)に異なると為すも、亦た辯(べん)有るか、其れ辯無きか。道は悪(いず)くに隠れて真偽有る。言は悪くに隠れて是非有る。道は悪くに往きて存せざらん。言は悪くに存して可ならざらん。道は小成(しょうせい)に隠れ、言は栄華に隠る。故に儒・墨の是非有り。以て其の非とする所を是とし、而して其の是とする所を非とす。其の非とする所を是とし而して其の是とする所を非とせんと欲せば、則ち明を以てするに若(し)くは莫し。
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荘子・列禦寇小夫(しょうふ)の知は、苞苴(ほうしょ)竿牘(かんとく)を離れず。精神を蹇浅(けんせん)に敝(つい)やして、而も道と物とを兼済し、太一(たいいつ)を形虚(けいきょ)にせんと欲す。是の若き者は、宇宙に迷惑し、形は累(わずら)いて太初を知らず。彼の至人なる者は、精神を無始に帰し、而して無何有の郷に甘冥(かんめい)す。水は無形に流れ、太清に発泄す。悲しいかな。汝は知を毫毛に在らしめて、大寧(たいねい)を知らざるなり。
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荘子・斉物論古の人、其の知至る所有り。悪(いず)くにか至る。以て未だ始めより物有らずと為す者有り。至れり尽くせり、以て加うべからず。其の次は以て物有りと為すも、而も未だ始めより封(ほう)有らざるなり。其の次は以て封有りと為すも、而も未だ始めより是非有らざるなり。是非の彰(あき)らかなるや、道の虧(か)くる所以なり。道の虧くる所以は、愛の成る所以なり。果たして且た成と虧と有らんか。果たして且た成と虧と無からんか。成と虧と有り、故に昭氏(しょうし)の琴を鼓(こ)するなり。成と虧と無し、故に昭氏の琴を鼓せざるなり。昭文(しょうぶん)の琴を鼓するや、師曠(しこう)の策を枝(つ)くや、恵子の梧(ご)に拠(よ)るや、三子の知は幾(ちか)きかな。皆な其の盛んなる者なり。故に之を末年に載(の)す。唯だ其の之を好むや、以て彼に異なる。其の之を好むや、以て之を彼に明らかにせんと欲す。明らかにする所に非ずして之を明らかにす。故に堅白(けんぱく)の昧(まい)を以て終わる。而して其の子も又た文の綸(りん)を以て終わり、身を終うるまで成る無し。是(かく)の若くにして成ると謂うべくんば、我と雖も亦た成れり。是の若くにして成ると謂うべからずんば、物と我と成る無し。是の故に滑疑(こつぎ)の耀(よう)は、聖人の図(はか)る所なり。是が為に用いずして諸を庸に寓す。此を之れ明を以てすと謂う。
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荘子・斉物論夫れ道は未だ始めより封有らず、言は未だ始めより常有らず。是が為にして畛(しん)有り。請う其の畛を言わん。左有り、右有り、倫有り、義有り、分有り、辯有り、競有り、争有り。此を之れ八徳と謂う。六合(りくごう)の外は、聖人は存して論ぜず。六合の内は、聖人は論じて議せず。春秋経世(けいせい)、先王の志は、聖人は議して辯ぜず。故に分かつ者は、分かたざる有るなり。辯ずる者は、辯ぜざる有るなり。曰く、何ぞや。聖人は之を懐(いだ)き、衆人は之を辯じて以て相示す。故に曰く、辯ずる者は、見ざる有りと。夫れ大道は称せず、大辯は言わず、大仁は仁ならず、大廉(たいれん)は嗛(けん)ならず、大勇は忮(そこな)わず。道は昭(あき)らかにして道ならず、言は辯じて及ばず、仁は常にして成らず、廉は清くして信ならず、勇は忮いて成らず。五者は园(まる)くして方に向かうに幾(ちか)し。故に其の知らざる所に止まるを知るは、至れり。孰(たれ)か不言の辯、不道の道を知らん。若し能く知る有らば、此を之れ天府(てんぷ)と謂う。焉(これ)に注ぐも満たず、焉に酌(く)むも竭(つ)きず。而も其の由りて来たる所を知らず。此を之れ葆光(ほうこう)と謂う。故に昔者(むかし)堯舜に問いて曰く、「我宗(そう)・膾(かい)・胥敖(しょごう)を伐たんと欲す。南面して釈然(しゃくぜん)たらず。其の故は何ぞや」と。舜曰く、「夫の三子なる者は、猶お蓬艾(ほうがい)の間に存す。若(なんじ)釈然たらざるは、何ぞや。昔者十日並び出でて、万物皆照らさる。而るを況んや徳の日よりも進める者をや」と。
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荘子・外物目徹すれば明と為り、耳徹すれば聡と為り、鼻徹すれば顫(せん)と為り、口徹すれば甘と為り、心徹すれば知と為り、知徹すれば徳と為る。凡そ道は壅(ふさ)がるるを欲せず。壅がるれば則ち哽(つか)え、哽えて止まざれば則ち跈(もつ)れ、跈るれば則ち衆害生ず。物の知有る者は息(いき)を恃(たの)む。其の殷(さか)んならざるは、天の罪に非ず。天の之を穿(うが)つや、日夜降(や)むこと無し。人は則ち顧(かえ)って其の竇(あな)を塞ぐ。胞(はら)に重閬(ちょうろう)有り、心に天遊有り。室に空虚無ければ、則ち婦姑(ふこ)勃谿(ぼっけい)す。心に天遊無ければ、則ち六鑿(りくさく)相攘(あいはら)う。大林丘山の人に善き所以は、亦た神なる者の勝えざればなり。
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