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春秋左氏伝 / 襄公三十一年 子産、郷校を毀たず

鄭人游于鄉校。以論執政。然明謂子產曰。毀鄉校何如。子產曰。何為。夫人朝夕退而游焉。以議執政之善否。其所善者。吾則行之。其所惡者。吾則改之。是吾師也。若之何毀之。我聞忠善以損怨。不聞作威以防怨。豈不遽止。然猶防川。大決所犯。傷人必多。吾不克救也。不如小決。使道不如。吾聞而藥之也。然明曰。蔑也今而後知吾子之信可事也。小人實不才。若果行此。其鄭國實賴之。豈唯二三臣。仲尼聞是語也。曰。以是觀之。人謂子產不仁。吾不信也。

新字:鄭人游于鄉校。以論執政。然明謂子産曰。毀鄉校何如。子産曰。何為。夫人朝夕退而游焉。以議執政之善否。其所善者。吾則行之。其所悪者。吾則改之。是吾師也。若之何毀之。我聞忠善以損怨。不聞作威以防怨。豈不遽止。然猶防川。大決所犯。傷人必多。吾不克救也。不如小決。使道不如。吾聞而薬之也。然明曰。蔑也今而後知吾子之信可事也。小人実不才。若果行此。其鄭国実頼之。豈唯二三臣。仲尼聞是語也。曰。以是観之。人謂子産不仁。吾不信也。

書き下し

鄭人鄉校に游びて、以って執政を論ず。然明子產に謂ひて曰く、「鄉校を毀たば何如」と。子產曰く、「何為れぞ。夫れ人朝夕退きて焉に游び、以って執政の善否を議す。其の善しとする所は、吾則ち之を行ふ。其の惡しとする所は、吾則ち之を改む。是れ吾が師なり。之を若何ぞ毀たん。我聞く、忠善もて以って怨を損すと。作威もて以って怨を防ぐとは聞かず。豈に遽かに止まざらんや。然れども猶ほ川を防ぐがごとし。大決の犯す所、人を傷つくること必ず多し。吾克く救はざるなり。小決して道を使ふに如かず。吾聞きて之を藥とせん」と。然明曰く、「蔑や今にして後吾子の信に事ふ可きを知る。小人は實に不才なり。若し果たして此を行はば、其れ鄭國實に之に賴らん。豈に唯だ二三の臣のみならんや」と。仲尼是の語を聞くや、曰く、「是を以って之を觀れば、人子產を不仁と謂ふ、吾信ぜざるなり」と。

現代語訳

鄭の人々は郷校に集まって、政治を論じていた。然明が子産に言った。「郷校を取り壊してはどうでしょう」。子産は言った。「なぜだ。人々が朝夕、仕事から退いてそこに集まり、政治の善し悪しを論じている。彼らが善しとすることは、私は行う。悪しとすることは、私は改める。これは私の師である。どうして壊せようか。私はこう聞いている。忠実さと善によって怨みを減らす、と。威を作って怨みを防ぐとは聞かない。急に止めることはできようが、それは川をせき止めるようなものだ。大きく決壊すれば、傷つく人が必ず多い。私には救えない。小さく切って流れを通すに越したことはない。私はそれを聞いて薬とするのだ」。然明は言った。「私は今になってようやく、あなたが本当に仕えるに足る方だと知りました。私は実に不才でした。もしこれを実行なさるなら、鄭の国は本当にこれに頼ることになりましょう。どうして我ら数人の臣だけのことでしょうか」。仲尼はこの話を聞いて言った。「これによって見れば、人が子産を不仁だと言うのを、私は信じない」。

解説

「子産、郷校を毀たず」——鄭の宰相・子産が、政治批判の場である郷校の取り壊しを拒んだ一件である。理由が三段になっている。第一に「是れ吾が師なり」——批判は師である。善しとされたことは行い、悪しとされたことは改める。第二に「忠善もて以って怨を損す。作威もて以って怨を防ぐとは聞かず」——威圧で怨みを防いだ例はない。第三に川の比喩。せき止めれば止まるが、決壊したときの被害は救えない。小さく切って流しておくほうがよい。「吾聞きて之を藥とせん」。苦い言葉を薬として飲む、という結びである。批判を封じることの是非を、道徳ではなく治水の実務として説いている点が子産らしい。孔子はこの一件だけで、子産への評価を改めたという。

この章句が説くこと

子産不毀郷校是れ吾が師なり川を防ぐが如し批判の扱い

この一句を、あなたの毎日に。

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