春秋左氏伝 / 文公十七年 鹿死して音を択ばず
十五年,五月,陳侯自敝邑往朝于君,往年正月,燭之武往朝夷也,八月,寡君又往朝,以陳蔡之密邇於楚,而不敢貳焉,則敝邑之故也,雖敝邑之事君,何以不免,在位之中,一朝于襄,而再見于君,夷與孤之二三臣,相及於絳,雖我小國,則篾以過之矣,今大國曰,爾未逞吾志,敝邑有亡,無以加焉,古人有言曰,畏首畏尾,身其餘幾,又曰,鹿死不擇音,小國之事大國也,德,則其人也,不德,則其鹿也,鋌而走險,急何能擇,命之罔極,亦知亡矣,將悉敝賦,以待於鯈,唯執事命之,
新字:十五年,五月,陳侯自敝邑往朝于君,往年正月,燭之武往朝夷也,八月,寡君又往朝,以陳蔡之密邇於楚,而不敢貳焉,則敝邑之故也,雖敝邑之事君,何以不免,在位之中,一朝于襄,而再見于君,夷与孤之二三臣,相及於絳,雖我小国,則篾以過之矣,今大国曰,爾未逞吾志,敝邑有亡,無以加焉,古人有言曰,畏首畏尾,身其余幾,又曰,鹿死不択音,小国之事大国也,徳,則其人也,不徳,則其鹿也,鋌而走険,急何能択,命之罔極,亦知亡矣,将悉敝賦,以待於鯈,唯執事命之,
書き下し
古人言へる有り、「首を畏れ尾を畏れなば、身其れ餘り幾ばくぞ」と。又曰く、「鹿死して音を擇ばず」と。小國の大國に事ふるや、德あらば、則ち其れ人なり、德あらざれば、則ち其れ鹿なり。鋌(はし)りて險に走る、急なれば何ぞ能く擇ばん。命の罔極(むきょく)なる、亦た亡ぶるを知る。將に敝賦を悉くし、以って鯈に待たんとす。唯だ執事之に命ぜよ。
現代語訳
昔の人がこう言っています。「頭を畏れ尾を畏れていたら、残る身はどれほどか」。またこうも言います。「鹿は死ぬとき鳴き声を選ばない」。小国が大国に仕えるとき、大国に徳があれば小国も人でいられます。徳がなければ、鹿になるのです。まっすぐ走って険しい所へ駆けこむ。切迫すれば、どうして選んでなどいられましょう。ご命令に際限がなければ、こちらも滅ぶことは承知しております。国じゅうの兵をことごとく集めて、鯈の地でお待ちします。どうかご下命ください。