春秋左氏伝 / 隠公四年 衆叛き親離る
公問於眾仲曰:「衛州吁其成乎?」對曰:「臣聞以德和民,不聞以亂。以亂,猶治絲而棼之也。夫州吁,阻兵而安忍。阻兵無眾,安忍無親,眾叛親離,難以濟矣。夫兵猶火也,弗戢,將自焚也。夫州吁弒其君而虐用其民,於是乎不務令德,而欲以亂成,必不免矣。」
新字:公問於衆仲曰:「衛州吁其成乎?」対曰:「臣聞以徳和民,不聞以乱。以乱,猶治糸而棼之也。夫州吁,阻兵而安忍。阻兵無衆,安忍無親,衆叛親離,難以済矣。夫兵猶火也,弗戢,将自焚也。夫州吁弒其君而虐用其民,於是乎不務令徳,而欲以乱成,必不免矣。」
書き下し
公、眾仲に問ひて曰く、「衞の州吁、其れ成らんか」と。對へて曰く、「臣聞く、德を以って民を和らぐと。亂を以ってすとは聞かず。亂を以ってするは、猶ほ絲を治めて之を棼(みだ)すがごときなり。夫れ州吁は、兵を阻(たの)みて忍に安んず。兵を阻めば眾無く、忍に安んずれば親無し。眾叛き親離る、以って濟し難し。夫れ兵は猶ほ火のごときなり。戢(をさ)めずんば、將に自ら焚かんとす。夫れ州吁は其の君を弒して其の民を虐用す。是に於いて令德を務めずして、亂を以って成さんと欲す。必ず免れざらん」と。
現代語訳
公が衆仲に尋ねた。「衛の州吁は、うまくやり遂げるだろうか」。答えて言った。「私はこう聞いております。徳によって民を和らげる、と。乱によってとは聞きません。乱によるのは、糸を整えようとしてかえって絡ませるようなものです。そもそも州吁は、兵を頼みとし、残忍さに安んじている。兵を頼みとすれば人がつかず、残忍さに安んじれば親しむ者がない。人々は叛き、親しい者は離れる。これでは成し遂げがたい。そもそも兵は火のようなものです。おさめなければ、自分を焼くことになる。州吁は主君を殺して民を虐げ用いた。それでいて善き徳に努めず、乱によって成そうとしている。必ず免れますまい」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』隠公四年 大義、親を滅す秋、諸侯復た鄭を伐つ。宋公をして來りて師を乞はしむ、公之を辭す。羽父師を以って之に會せんと請ふ、公許さず。固く請ひて行く。故に書して「翬師を帥ゐる」と曰ふは、之を疾むなり。諸侯の師鄭の徒兵を敗り、其の禾を取りて還る。州吁未だ其の民を和すること能はず。厚君を定むるを石子に問ふ。石子曰く、「王に覲するを可と為す」と。曰く、「何を以ってか覲を得ん」と。曰く、「陳の桓公方に王に寵有り。陳・衛方に睦まじ。若し陳に朝して請はしめば、必ず得可きなり」と。厚州吁に從ひて陳に如く。石碏陳に告げしめて曰く、「衛國は褊小、老夫耄せり、能く為す無きなり。此の二人の者は、實に寡君を弒せり。敢へて即ち之を圖れ」と。陳人之を執へて、涖を衛に請ふ。九月、衛人右宰丑をして涖みて州吁を濮に殺さしむ。石碏其の宰獳羊肩をして涖みて石厚を陳に殺さしむ。君子曰く、「石碏は純臣なり。州吁を惡みて厚與る。『大義親を滅す』とは、其れ是を之れ謂ふか」と。衛人公子晉を邢に逆ふ。冬十二月、宣公即位す。書して「衛人晉を立つ」と曰ふは、眾なればなり。
-
『春秋左氏伝』隠公三年・四年 州吁、君を弑す其の子厚、州吁と游ぶ。之を禁ずれども、可かず。桓公立ちて、乃ち老す。四年春、衛の州吁桓公を弒して立つ。公宋公と會を為し、將に宿の盟を尋ねんとす。未だ期に及ばずして、衛人來りて亂を告ぐ。夏、公宋公と清に遇ふ。宋の殤公の即位するや、公子馮出でて鄭に奔る。鄭人之を納れんと欲す。衛の州吁立つに及び、將に先君の怨を鄭に修めて、寵を諸侯に求め、以って其の民を和せんとす。宋に告げしめて曰く、「君若し鄭を伐ちて、以って君の害を除かば、君を主と為し、敝邑賦を以って陳・蔡と從はん。則ち衛國の願ひなり」と。宋人之を許す。是に於いて陳・蔡方に衛に睦まじ。故に宋公・陳侯・蔡人・衛人鄭を伐ち、其の東門を圍み、五日にして還る。
-
『春秋左氏伝』隠公三年 義方を教う公子州吁は、嬖人の子なり。寵有りて兵を好む。公禁ぜず、莊姜之を惡む。石碏諫めて曰く、「臣聞く、子を愛するには、之に教ふるに義方を以ってし、邪に納れずと。驕・奢・淫・泆は、邪の自る所なり。四者の來るは、寵祿過ぐればなり。將に州吁を立てんとせば、乃ち之を定めよ。若し猶ほ未だしくんば、之を階して禍と為さん。夫れ寵せられて驕らず、驕りて能く降り、降りて憾まず、憾みて能く眕(しづ)まる者は、鮮し。且つ夫れ賤の貴を妨げ、少の長を陵ぎ、遠の親を間て、新の舊を間て、小の大に加はり、淫の義を破るは、所謂六逆なり。君義、臣行、父慈、子孝、兄愛、弟敬は、所謂六順なり。順を去りて逆に效ふは、禍を速く所以なり。人に君たる者は將に禍を是れ務めて去るべきに、而も之を速く、無乃(むし)ろ不可ならんか」と。聽かず。
-
『春秋左氏伝』成公四年 我が族類に非ず秋、公晉より至る。成を楚に求めて、晉に叛かんと欲す。季文子曰く、「不可なり。晉は無道なりと雖も、未だ叛く可からざるなり。國大に臣睦まじく、而して我に邇し。諸侯焉を聽く。未だ以って貳(ふた)しくす可からず。史佚の志に之れ有りて曰く、『我が族類に非ざれば、其の心必ず異なる』と。楚大なりと雖も、吾が族に非ざるなり。其れ肯へて我を字(やしな)はんや」と。公乃ち止む。
-
『春秋左氏伝』僖公二十四年 富辰の諫め今天子小忿を忍ばずして以て鄭の親を棄つ、其れ之を若何せん。勳を庸ゐ、親を親しみ、近きに暱しみ、賢を尊ぶは、德の大なる者なり。聾に即き、昧に從ひ、頑に與し、嚚を用ゐるは、姦の大なる者なり。德を棄てて姦を崇ぶは、禍の大なる者なり。鄭に平・惠の勳有り、又厲・宣の親有り、嬖寵を棄てて三良を用ゐ、諸姬に於いて近しと為す、四德具はれり。耳五聲の和を聽かざるを聾と為し、目五色の章を別たざるを昧と為し、心德義の經に則らざるを頑と為し、口忠信の言を道はざるを嚚と為す。狄皆之に則る、四姦具はれり。周の懿德有るや、猶ほ『兄弟に如くは莫し』と曰ふ、故に之を封建す。其の天下を懷柔するや、猶ほ外侮有るを懼る、侮りを扞禦する者は親を親しむに如くは莫し、故に親を以て周に屏とす。召の穆公も亦た云ふ。今周の德既に衰ふ、是に於いてか又周・召を渝へて以て諸姦に從ふ、乃ち不可なる無からんや。民未だ禍を忘れず、王又之を興す、其れ文・武を若何せん」と。王聽かず、頹叔・桃子をして狄の師を出ださしむ。夏、狄鄭を伐ち、櫟を取る。王狄人を德とし、將に其の女を以て后と為さんとす。富辰諫めて曰く、「不可なり。臣之を聞く、曰く、『報ゆる者は倦めり、施す者は未だ厭かず』と。狄は固より貪惏なり、王又之を啟く。女德は極まり無く、婦怨は終はり無し、狄必ず患ひを為さん」と。王又聽かず。
-
『春秋左氏伝』昭公十三年 費人、南氏に叛く十三年春、叔弓費を圍み、克たずして焉に敗る。平子怒り、費人を見れば之を執へて、以って囚俘と為さしむ。冶區夫曰く、「非なり。若し費人を見ば、寒ゆる者は之に衣せ、飢うる者は之に食はせ、之が令主と為りて、其の乏困に共せば、費の來ること歸するが如くにして、南氏亡びん。民將に之に叛かんとす、誰と與にか邑に居らん。若し之を憚らすに威を以ってし、之を懼れしむるに怒りを以ってせば、民疾みて叛き、之が為に聚まらん。若し諸侯皆然らば、費人歸する無く、南氏に親しまずんば、將た焉くにか入らん」と。平子之に從ふ。費人南氏に叛く。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る