師導古典を学びたいすべての人に

春秋左氏伝 / 隠公三年 義方を教う

公子州吁,嬖人之子也,有寵而好兵,公弗禁,莊姜惡之。石碏諫曰:「臣聞愛子,教之以義方,弗納于邪。驕、奢、淫、泆,所自邪也。四者之來,寵祿過也。將立州吁,乃定之矣,若猶未也,階之為禍。夫寵而不驕,驕而能降,降而不憾,憾而能眕者,鮮矣。且夫賤妨貴,少陵長,遠間親,新間舊,小加大,淫破義,所謂六逆也。君義,臣行,父慈,子孝,兄愛,弟敬,所謂六順也。去順效逆,所以速禍也。君人者將禍是務去,而速之,無乃不可乎?」弗聽。

新字:公子州吁,嬖人之子也,有寵而好兵,公弗禁,荘姜悪之。石碏諫曰:「臣聞愛子,教之以義方,弗納于邪。驕、奢、淫、泆,所自邪也。四者之来,寵禄過也。将立州吁,乃定之矣,若猶未也,階之為禍。夫寵而不驕,驕而能降,降而不憾,憾而能眕者,鮮矣。且夫賤妨貴,少陵長,遠間親,新間旧,小加大,淫破義,所謂六逆也。君義,臣行,父慈,子孝,兄愛,弟敬,所謂六順也。去順効逆,所以速禍也。君人者将禍是務去,而速之,無乃不可乎?」弗聴。

書き下し

公子州吁は、嬖人の子なり。寵有りて兵を好む。公禁ぜず、莊姜之を惡む。石碏諫めて曰く、「臣聞く、子を愛するには、之に教ふるに義方を以ってし、邪に納れずと。驕・奢・淫・泆は、邪の自る所なり。四者の來るは、寵祿過ぐればなり。將に州吁を立てんとせば、乃ち之を定めよ。若し猶ほ未だしくんば、之を階して禍と為さん。夫れ寵せられて驕らず、驕りて能く降り、降りて憾まず、憾みて能く眕(しづ)まる者は、鮮し。且つ夫れ賤の貴を妨げ、少の長を陵ぎ、遠の親を間て、新の舊を間て、小の大に加はり、淫の義を破るは、所謂六逆なり。君義、臣行、父慈、子孝、兄愛、弟敬は、所謂六順なり。順を去りて逆に效ふは、禍を速く所以なり。人に君たる者は將に禍を是れ務めて去るべきに、而も之を速く、無乃(むし)ろ不可ならんか」と。聽かず。

現代語訳

公子州吁は側室の子である。寵愛されて武事を好んだ。公はそれを禁じず、正夫人の荘姜は憎んだ。石碏が諫めて言った。「私はこう聞いております。子を愛するには、正しい道を教え、邪へ入れないものだと。驕り、奢り、淫らさ、遊蕩は、邪の生じるもとです。この四つが生じるのは、寵愛と俸禄が過ぎるからです。もし州吁を跡継ぎに立てるおつもりなら、いま定めてしまいなさい。まだそうでないなら、寵愛は階段となって禍となりましょう。そもそも、寵愛されて驕らず、驕っても身を低くでき、低くしても恨まず、恨んでも鎮まることのできる者は、まれです。また、卑しい者が貴い者を妨げ、年少が年長をしのぎ、疎遠が親近を隔て、新参が古参を隔て、小が大に加わり、淫が義を破る——これが六逆です。君が義、臣が行い、父が慈、子が孝、兄が愛、弟が敬——これが六順です。順を去って逆に倣うのは、禍を招くゆえんです。人の君たる者は禍を務めて取り除くべきなのに、かえって招いている。よろしくないのではありませんか」。公は聴かなかった。

解説

「子を愛するには、之に教ふるに義方を以ってす」——子を愛するなら正しい道を教えよ、という一句がここに出る。石碏の分析は具体的だ。驕・奢・淫・泆という四つの悪癖の原因を、本人の性格ではなく「寵祿過ぐればなり」——与えすぎに置く。愛情の不足ではなく過剰が邪を生む、という因果である。そして冷徹な観察が続く。寵愛されて驕らず、驕っても引き、引いても恨まず、恨んでも鎮まる——そんな人は「鮮し」、ほとんどいない。だから与えすぎるなという結論になる。さらに石碏は決断を迫る。跡継ぎにするなら今すぐ決めよ、そうでないなら寵愛をやめよ、と。中途半端が最も危ない。実際このあと州吁は兄を殺して位を奪い、石碏は自分の子まで巻き添えにして州吁を討つことになる。

この章句が説くこと

義方を教う寵禄過ぐ六逆六順与えすぎ

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる