信心銘 / 第二十四章
一即一切 一切即一 但能如是 何慮不畢 信心不二 不二信心
書き下し
一(いつ)は即(すなは)ち一切(いっさい)、一切(いっさい)は即(すなは)ち一(いつ)なり。但(た)だ能(よ)く是(かく)の如(ごと)くならば、何(なん)ぞ畢(を)へざるを慮(おもんぱか)らんや。信心(しんじん)不二(ふに)、不二(ふに)信心(しんじん)。
現代語訳
一はそのまま一切であり、一切はそのまま一である。ただこのようであることができれば、やり終えられないことなど何を心配しようか。信心は不二であり、不二こそが信心である。
解説
華厳の「一即一切、一切即一」を受けて、書名の二字がついに正面から置かれる。「信心不二、不二信心」——信心とは不二のことであり、不二とは信心のことだ、と円環にして言い切る。つまりこの書のいう信心は、対象を信じる心ではない。分けないこと、それ自体が信なのである。第十九章で疑いの消滅として現れたものが、ここで不二と同一視されて決着する。「但能如是、何慮不畢」の一句も見逃せない。二十三章を費やして否定を重ねてきた書が、最後に「終わらない心配など要らない」と保証を与えている。方法は増えず、努力は求められず、ただそのようであればよい。厳しく削ぎ落とした果てに置かれた、この書で唯一と言っていい励ましである。
この章句が説くこと
一即一切信心不二不二畢