信心銘 / 第十九章
契心平等 所作俱息 狐疑淨盡 正信調直 一切不留 無可記憶
新字:契心平等 所作倶息 狐疑浄尽 正信調直 一切不留 無可記憶
書き下し
心(しん)に契(かな)ひて平等(びょうどう)なれば、所作(しょさ)俱(とも)に息(や)む。狐疑(こぎ)淨(きよ)く盡(つ)きて、正信(しょうしん)調直(ちょうじき)なり。一切(いっさい)留(とど)まらず、記憶(きおく)す可(べ)き無(な)し。
現代語訳
心にかなって平等であれば、あれこれの作為はともに止む。疑いはきれいに尽き、正しい信がまっすぐに調う。何一つ留まらず、記憶しておくべきものも無い。
解説
書名の「信心」が姿を現す章である。ここでの正信は、何かを信じ込むことではない。「狐疑淨盡」——疑いが尽きた状態を、そのまま信と呼んでいる。信じる努力の結果ではなく、疑う必要がなくなった結果としての信であり、対象を持たない。「調直」はまっすぐに整うこと。作為が止み、疑いが消え、まっすぐになる。そして最後の二句が独特である。「一切不留、無可記憶」——覚えておくべきものが無い。到達点を記録し、体験を保存しようとする心の動きまで否定している。悟った内容を持ち帰ろうとした時点で、それは留まったものになる。手ぶらであることが結果なのではなく、手ぶらであることそのものが完成だという構えである。
この章句が説くこと
平等狐疑浄尽正信調直不留
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