信心銘 / 第十五章
迷生寂亂 悟無好惡 一切二邊 良由斟酌 夢幻空華 何勞把捉
新字:迷生寂乱 悟無好悪 一切二辺 良由斟酌 夢幻空華 何労把捉
書き下し
迷(まよ)ひは寂亂(じゃくらん)を生(しょう)じ、悟(さと)りに好惡(こうお)無(な)し。一切(いっさい)の二邊(にへん)は、良(まこと)に斟酌(しんしゃく)に由(よ)る。夢幻(むげん)空華(くうげ)、何(なん)ぞ把捉(はそく)を勞(ろう)せん。
現代語訳
迷いは静けさと乱れという区別を生み、悟りには好き嫌いがない。あらゆる二極の対立は、まことに自分のはからいから生じている。夢まぼろし、空に見える花のようなものを、どうして骨を折って掴もうとするのか。
解説
「寂亂」——静けさと乱れ。この対立を作っているのが迷いのほうだ、と順序を逆にしている。ふつうは乱れているから迷うと考えるが、ここでは分けたから乱れが生まれると言う。「一切二邊、良由斟酌」の斟酌は、酒を注ぎ分けるように加減し推し量ること、すなわち計らいである。良かれと思ってする配慮や調整が、そのまま対立の製造元になっている。「空華」は眼病の人に見える幻の花で、仏典で実体のない見え方を指す常套の比喩である。無いものを掴もうとする労力を、この書は繰り返し問題にしてきた。追わない、掴まない。そこに労力を割かないという一点だけが、実践として残る。
この章句が説くこと
寂乱二辺斟酌空華