信心銘 / 第十一章
大道體寬 無易無難 小見狐疑 轉急轉遲 執之失度 必入邪路
新字:大道体寛 無易無難 小見狐疑 転急転遅 執之失度 必入邪路
書き下し
大道(だいどう)は體(たい)寬(ゆた)かにして、易(い)無(な)く難(なん)無(な)し。小見(しょうけん)は狐疑(こぎ)し、轉(うた)た急(きゅう)にして轉(うた)た遲(おそ)し。之(これ)に執(しゅう)すれば度(ど)を失(うしな)ひ、必(かなら)ず邪路(じゃろ)に入(い)る。
現代語訳
大いなる道はその本体がゆったりと広く、易しいも難しいもない。狭い見方は疑い迷い、焦れば焦るほど遅くなる。これに執着すれば程度を失い、必ず邪道に入りこむ。
解説
「無易無難」は、冒頭の「至道無難」を受けつつ一歩進める。難しくないだけでなく、易しくもない。易と難という物差し自体が当てはまらないのだという。物差しを持ち込むのは「小見」——狭い見方であり、狭いから「狐疑」する。狐が氷の上を疑いながら渡るように、進んでは止まり、確かめては迷う。そこで出てくるのが「轉急轉遲」、急げば急ぐほど遅くなるという一句である。焦りは判断を細かくし、細かくするほど疑いが増える。そして「執之失度」——しがみつけば適度を失う。ここで言う度は、ちょうどよさであり、間合いである。速くやろうとして間合いを失う。急いだ結果ではなく、急ぐという構えそのものが遅れを作る。
この章句が説くこと
大道体寛小見狐疑転急転遅
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