信心銘 / 第七章
前空轉變 皆由妄見 不用求真 唯須息見 二見不住 慎勿追尋
新字:前空転変 皆由妄見 不用求真 唯須息見 二見不住 慎勿追尋
書き下し
前(さき)の空(くう)の轉變(てんぺん)するは、皆(みな)妄見(もうけん)に由(よ)る。真(しん)を求(もと)むるを用(もち)ゐず、唯(た)だ須(すべか)らく見(けん)を息(や)むべし。二見(にけん)に住(じゅう)せず、慎(つつし)みて追尋(ついじん)する勿(なか)れ。
現代語訳
さきほどの「空」があれこれ移り変わって見えるのは、すべて誤った見方による。真理を求める必要はない。ただ、見方をやめればよい。二つに分ける見方にとどまらず、くれぐれも追い求めてはならない。
解説
「不用求真、唯須息見」は信心銘のなかでも最も踏み込んだ一句である。真理を求めるな、というのだ。求めるという行為は、いま欠けていて向こうにあるという構図を前提にする。その構図こそが「妄見」であり、求めれば求めるほど構図は固くなる。だから「唯だ須らく見を息むべし」——足すのではなく、やめる。ここで言う「見」は視力ではなく、ものの見方・立場のことだ。「二見に住せず」の二見は、有と無、迷いと悟り、自分と他人といった対の見方をいう。最後の「慎みて追尋する勿れ」は、悟りを追いかけることへの警告である。求道心が篤い人ほど、この一句で足元をすくわれる。
この章句が説くこと
妄見求真息見二見
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