信心銘 / 第六章
絕言絕慮 無處不通 歸根得旨 隨照失宗 須臾返照 勝卻前空
新字:絶言絶慮 無処不通 帰根得旨 随照失宗 須臾返照 勝却前空
書き下し
言(げん)を絕(た)ち慮(りょ)を絕(た)てば、處(ところ)として通(つう)ぜざる無(な)し。根(ね)に歸(き)すれば旨(むね)を得(え)、照(しょう)に隨(したが)へば宗(しゅう)を失(うしな)ふ。須臾(しゅゆ)も返照(へんしょう)すれば、前(さき)の空(くう)に勝卻(しょうきゃく)す。
現代語訳
言葉を絶ち、思案を絶てば、通じないところはどこにもない。根もとに帰れば本旨をつかみ、映る光を追いかければ根本を見失う。ほんの一瞬でも光を内へ返して照らせば、さきほどの空よりはるかにまさる。
解説
前章の「多言多慮」を裏返して、では何をするのかを示す。「歸根得旨、隨照失宗」——根に帰るか、照らし出されたものを追うか。ここでの「照」は、意識に映ってくる現象や思考のことである。それを追いかけて内容の吟味に入った瞬間、根もとを離れる。「須臾返照」の返照は、外へ向かう光を向きだけ変えて元へ返すことで、後世の禅で「回光返照」と呼ばれる工夫の原型にあたる。何をどうするかを考える前に、考えている当のものへ向き直る。しかも時間の長さは問題にされない。「須臾も」——ほんの一瞬でいい。長く座ることより、向きが変わることのほうが決定的だという主張である。
この章句が説くこと
絶言絶慮帰根回光返照宗
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