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史記 / 管蔡世家

太史公曰、余曹の共公の僖負羈を用ゐずして、乃ち軒に乗る者三百人なるを尋ぬ、唯だ徳の建たざるを知る。公孫彊の厥の政を修めざるがごとくんば、叔鐸の祀忽ち諸を。

書き下し

太史公曰く、「余曹の共公の僖負羈を用ゐずして、乃ち軒に乗る者三百人なるを尋ぬ、唯だ徳の建たざるを知る。公孫彊の厥の政を修めざるがごとくんば、叔鐸の祀忽ち諸を」と。

現代語訳

「優れた者を用いず、つまらぬ者を厚遇していれば、国は必ず滅びる」——司馬遷が、曹という国の滅亡の原因を、鋭く突いた、この篇の結びです。司馬遷は、(滅んだ)曹の国の、歴史を、調べていて、一つの、決定的な事実に、行き当たりました。曹の共公という君主の、その、人事のありようです。「私は、(記録を)調べてみて、こう知った。——曹の共公は、(あの、賢明で、名高い、)僖負羈を、(登用せず、)用いなかった(不用僖負羈)。——その一方で、(何の功績もないのに、大夫の身分の証である)立派な車に乗る者が、(なんと、)三百人も、いたのだ(乃乘軒者三百人)」と。真に、優れた人材(僖負羈)は、用いず、放置しておきながら——一方では、たいした働きもしない、無能な者たちを、三百人も、(高い身分と、待遇を与えて、)厚遇していた、というのです。これを見て、司馬遷は、断じます。「(この、人事の、あまりの、倒錯ぶりを見れば、)——曹という国には、『徳』が、(そもそも、)打ち立てられていなかったのだ、ということが、よく、分かる(知唯德之不建)」と。優れた者を、退け、無能な者を、優遇する——その、人事の、乱れこそが、その国に、徳がないことの、何よりの、証拠であり、そして、滅亡の、根本原因である、というのです。さらに、司馬遷は、(曹の、最後の実力者であった)公孫彊についても、こう述べます。「(あの、)公孫彊のように、(きちんと、)その政治を、(正しく、)修めることを、しないのであれば——(曹の始祖である、)叔鐸(振鐸)の、(子孫による)祭祀(=国家)も、(たちまち、)絶えてしまうのだ(叔鐸之祀忽諸)」と。ここに、人事と滅亡についての教訓があります。第一に、組織が、滅びる、その根本原因は——「優れた人材を、用いず、無能な者を、厚遇する」という、人事の、倒錯にあるということ(不用僖負羈、乃乘軒者三百人)。これほど、明確な、衰亡の兆候は、ない。第二に、そして、そうした、人事の乱れは——その組織に、そもそも「徳(=人を正しく見極め、正しく用いる、根本の在り方)」が、打ち立てられていないことの、何よりの、証拠であるということ(知唯德之不建)。人事は、組織の、徳を、映す鏡である。第三に、逆に言えば、組織を、長く、保ちたいなら——(華々しい、事業や、拡大より、まず、)「優れた者を、正しく用い、無能な者を、厚遇しない」という、人事の、正しさを、確立すること。組織や経営で、優れた人材を用いず無能な者を厚遇する人事の倒錯こそが滅亡の根本原因だと知ること、人事の乱れが組織に徳がないことの何よりの証拠だと理解すること、そして組織を長く保つにはまず人事の正しさを確立すべきだと自覚すること——司馬遷の曹評は、人事こそが組織の命運を握ることを教えます。

解説

あなたの組織では、真に優れた人材が用いられず、たいした働きもしない人が厚遇されている——そんな「人事の倒錯」が起きていないでしょうか?優れた者を退け、無能な者を優遇する人事の乱れこそが、その組織に「徳(人を正しく見極め、正しく用いる根本の在り方)」がないことの、何よりの証拠であると、理解していますか?組織を長く保ちたいなら、華々しい事業や拡大より、まず「優れた者を正しく用い、そうでない者を厚遇しない」という人事の正しさを確立すべきだと、考えられていますか?

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