史記 / 管蔡世家
武王既に崩じ、成王少し、周公旦王室を専らにす。管叔・蔡叔周公の成王に利あらざらんとするを疑ひ、乃ち武庚を挟みて以て乱を作す。周公旦成王の命を承けて武庚を伐ち誅し、管叔を殺し、而して蔡叔を放つ。康叔封・冉季載皆馴行有り、是に於て周公康叔を挙げて周の司寇と為し、冉季を司空と為し、以て成王を佐けて治めしむ、皆天下に令名有り。
書き下し
武王既に崩じ、成王少し、周公旦王室を専らにす。管叔・蔡叔周公の成王に利あらざらんとするを疑ひ、乃ち武庚を挟みて以て乱を作す。周公旦成王の命を承けて武庚を伐ち誅し、管叔を殺し、而して蔡叔を放つ。康叔封・冉季載皆馴行有り、是に於て周公康叔を挙げて周の司寇と為し、冉季を司空と為し、以て成王を佐けて治めしむ、皆天下に令名有り。
現代語訳
「疑心にかられて、事を起こした兄弟は滅び、地道に品行を守った兄弟は、重く用いられた」——同じ兄弟の、正反対の運命を描いた、対照的な一段です。周の武王が亡くなり、跡を継いだ成王が、まだ幼かったため、(弟の)周公旦が、摂政として、王室の実権を、握りました。これを見て、(同じく武王の弟である)管叔と、蔡叔の、二人は——「周公は、(幼い王を差し置いて、)自ら、王位を、奪おうとしているのではないか。成王のためには、ならないだろう」と、(周公を、)疑いました。そして、その疑心にかられ、二人は、(滅ぼされた殷の遺児である)武庚を、担ぎ出して、(周公に対する、)反乱を、起こしてしまったのです。しかし——(周公の真意は、幼い王を守り、周を安泰にすることにあり、王位を奪う意思など、みじんも、ありませんでした。)根拠のない、疑心にもとづく、この反乱は、失敗に終わります。周公旦は、成王の命を奉じて、反乱を、鎮圧し——首謀者の武庚を、討ち、(兄である)管叔を、殺し、(弟である)蔡叔を、追放しました。疑心にかられて、勇み足で、事を起こした二人は、破滅したのです。——ところが。同じ、兄弟の中でも、まったく違う、道を、歩んだ者たちが、いました。(末弟に近い、)康叔封と、冉季載の、二人です。彼らは、(疑ったり、騒いだりせず、)ただ、「皆、(きちんとした、)よい品行を、備えていた(皆有馴行)」。日頃から、地道に、その身を、正しく、保っていたのです。すると——(反乱を鎮圧した)周公は、この、二人の、日頃の品行を、高く評価し、康叔を、(司法をつかさどる)周の司寇に、冉季を、(土木をつかさどる)司空に、抜擢し、成王の統治を、輔佐させました。そして、二人は、「皆、天下に、(立派な)名声を、得た(皆有令名於天下)」のです。ここに、疑心と品行についての教訓があります。第一に、根拠のない「疑心」にかられて、(早合点し、)勇み足で、事を起こせば——その、疑いが、間違っていた場合、(管叔・蔡叔のように、)取り返しのつかない、破滅を、招くということ。第二に、(とりわけ、)疑わしく見える相手(周公)の、真意を、確かめもせずに、(憶測だけで、)敵対行動に出ることの、危うさ。まず、疑いを、確かめる。第三に、そして——(騒がず、疑わず、)ただ、日頃から、地道に、自らの品行を、正しく、保っている者(康叔・冉季)は、必ず、(見ている人が、いて、)正当に、評価され、重く、用いられるということ(皆有馴行→周公舉之→皆有令名)。組織や人間関係で、根拠のない疑心にかられて勇み足で事を起こせば取り返しのつかない破滅を招くと知ること、疑わしく見える相手の真意を確かめもせず憶測で敵対行動に出ないこと、そして日頃から地道に品行を正しく保つ者は必ず正当に評価され重く用いられると信じること——管蔡と康叔の対比は、疑心の危うさと、地道な品行の力を教えます。