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史記 / 鄭世家

子産韓宣子に謂ひて曰、政を為すには必ず徳を以てす、立つ所以を忘るる毋かれと。鄭火あり、公之を禳せんと欲す。子産曰、徳を修むるに如かずと。子産卒するや、鄭人皆哭泣し、之を悲しむこと親戚を亡へるがごとし。孔子子産の死を聞き、為に泣きて曰、古の遺愛なりと。

書き下し

子産韓宣子に謂ひて曰く、「政を為すには必ず徳を以てす、立つ所以を忘るる毋かれ」と。鄭火あり、公之を禳せんと欲す。子産曰く、「徳を修むるに如かず」と。子産卒するや、鄭人皆哭泣し、之を悲しむこと親戚を亡へるがごとし。孔子子産の死を聞き、為に泣きて曰く、「古の遺愛なり」と。

現代語訳

「災いを、まじないで祓おうとするより、自らの徳を修めるほうがよい」——鄭の名宰相・子産の、明快な信念と、その死を悼む声を描いた一段です。鄭の名宰相・子産は、(同盟国である)晋の実力者・韓宣子に対して、政治の要諦を、こう説きました。「政治を行うには、必ず、『徳』を、もってしなければなりません。そして——(自分が、今、こうして、)立つことができている、その、そもそもの理由(=支えてくれた人々や、拠って立つ根本)を、けっして、忘れては、なりません(毋忘所以立)」と。地位を得た者が、その地位を、なぜ、得られたのかを、忘れれば——たちまち、その地位を、失う、というのです。また、あるとき、鄭の国で、大きな火災が、発生しました。君主は、(これを、天の祟りと恐れ、)まじないや、お祓いによって、災いを、祓おうと、しました。しかし、子産は、これを、はっきりと、退けて、こう言ったのです。「(まじないなどに、頼るよりも、)自らの、徳を、修めるほうが、(はるかに、)よろしいでしょう(不如修德)」と。災いを、超自然的な力で、祓おうとするのではなく、(政治の、至らぬところを、省み、)自らの、徳を、正すことこそが、根本の対処だ、というのです。——そして、この、誠実な宰相が、亡くなったとき。「鄭の人々は、皆、声をあげて泣き、その死を、まるで、(自分の)肉親を、亡くしたかのように、悲しんだ(悲之如亡親戚)」といいます。(当時、諸国を巡っていた)孔子は、子産の死を聞くと、涙を流して、こう言いました。「(あの人こそ、)古(の聖人たち)が、遺してくれた、(人々への)愛(そのものの、体現者)であった(古之遺愛也)」と。ここに、統治と徳についての教訓があります。第一に、災いや、危機に対して——まじないや、運頼み、あるいは、その場しのぎの、小手先の対処に、走るのではなく、まず、自らの至らなさを、省み、その根本(徳・在り方)を、正すこと(不如修德)。根本を正さなければ、災いは、また、繰り返される。第二に、そして、地位を得た者は——自分が、なぜ、今、その地位に、立てているのか、(誰に、何に、支えられているのか、)その、根本の理由を、けっして、忘れてはならない、ということ(毋忘所以立)。それを忘れた瞬間から、転落が、始まる。第三に、そのようにして、誠実に、徳をもって、人々に尽くした者は——その死を、人々が、肉親を失ったかのように、悲しむ。それこそが、統治者の、最高の、栄誉である。組織や経営で、危機に運頼みや小手先でなくまず自らの至らなさを省み根本を正すこと、地位を得た者は自分がなぜ立てているのかその根本の理由を忘れないこと、そして誠実に人々に尽くした者は肉親のように惜しまれると知ること——子産の信念は、徳による統治の要諦を教えます。

解説

あなたは、災いや危機に直面したとき、運頼みや、その場しのぎの小手先の対処に走るのではなく、まず自らの至らなさを省み、その根本(自分の在り方・組織の体質)を正そうとしていますか?地位や成功を得た今、自分がなぜ、こうして立てているのか——誰に、何に支えられているのか、その根本の理由を、忘れずにいられていますか(毋忘所以立)?誠実に人々に尽くし、去るときに、人々から肉親を失ったかのように惜しまれる——そんな仕事ができているでしょうか?

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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