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史記 / 楚世家

莊王洛に至り、兵を周の郊に観る。周の定王王孫満をして楚王を労はしむ。楚王鼎の小大軽重を問ふ。対へて曰、徳に在りて鼎に在らず。莊王曰、子九鼎を阻む無かれ。楚国の鉤の喙を折らば、以て九鼎と為すに足ると。

新字:荘王洛に至り、兵を周の郊に観る。周の定王王孫満をして楚王を労はしむ。楚王鼎の小大軽重を問ふ。対へて曰、徳に在りて鼎に在らず。荘王曰、子九鼎を阻む無かれ。楚国の鉤の喙を折らば、以て九鼎と為すに足ると。

書き下し

莊王洛に至り、兵を周の郊に観る。周の定王王孫満をして楚王を労はしむ。楚王鼎の小大軽重を問ふ。対へて曰く、「徳に在りて鼎に在らず」と。莊王曰く、「子九鼎を阻む無かれ。楚国の鉤の喙を折らば、以て九鼎と為すに足る」と。

現代語訳

「権威の重みは、その象徴(器物)にあるのではなく、その徳にある」——「問鼎」の語源となった、楚の荘王と、周の使者との、緊迫したやり取りです。楚の荘王は、その武威を、天下に示すため、軍を率いて北上し、(天子の都である)洛のほとりまで進み、周の郊外で、(威圧するように、)軍事パレードを、行いました。周王朝は、すでに、衰えきっており、これは、明らかな、恫喝でした。周の定王は、王孫満を使者として遣わし、楚王を、(表向き、)ねぎらわせます。すると、荘王は、その使者に、とんでもないことを、問いました。「(周王室に伝わる、天子の証である、)九つの鼎(かなえ)は——その大きさ、その重さは、どれほどのものか(問鼎小大輕重)」と。天子の権威の象徴である「九鼎」の重さを問う——これは、「(そんなもの、)我が楚が、運び去って、天下を、取ってやろうか」という、露骨な、王位簒奪の、意思表示でした。(ここから、「鼎の軽重を問う」=権威者の実力を、値踏みし、その地位を狙う、という言葉が、生まれました。)この、無礼きわまる問いに対し、周の使者・王孫満は、少しも、動じませんでした。そして、たった一言で、鋭く、切り返したのです。「(天子たる者の権威は、)その徳に、あるのであって、鼎(という、器物)に、あるのでは、ありません(在德不在鼎)」と。天下を治める資格は、(鼎という、)権威の象徴を、手に入れることによって、得られるのではなく、(その者の、)徳によってこそ、得られるのだ、と。荘王は、(力にまかせて、)なお、こう言い返します。「九鼎など、(大したものではあるまい。)我が楚の国の、(武器である)鉤の、その先端を、折り集めるだけでも、九鼎くらい、作れるわ」と。しかし——(次に見るように、)王孫満の、堂々たる反論の前に、荘王は、ついに、引き下がることになるのです。ここに、権威と徳についての教訓があります。第一に、権威や、地位の、本当の重みは——その、目に見える象徴(地位、肩書き、権威の器物)に、あるのではなく、それを持つ者の「徳」に、あるということ(在德不在鼎)。肩書きや、地位を、手に入れさえすれば、権威が、手に入る、と思うのは、大きな誤りである。第二に、力(武力・権力)だけで、権威の象徴を、奪い取っても——その者に、徳がなければ、真の権威は、けっして、手に入らない。第三に、そして——力を背景に、無礼な問いを突きつけられても、(怯まず、)本質を、一言で、突き返す、その、静かな胆力(王孫満)。組織や人生で、権威や地位の本当の重みが象徴や肩書きでなくその者の徳にあると知ること、力で地位を奪っても徳がなければ真の権威は得られないと理解すること、そして力ずくの相手にも本質を突き返す胆力を持つこと——「鼎の軽重を問う」の逸話は、権威の本質が徳にあることを教えます。

解説

あなたは、権威や地位の本当の重みが、その目に見える象徴(肩書き・役職・権威の装飾)にあるのではなく、それを持つ者の「徳」にあると、理解していますか——肩書きさえ手に入れれば権威が手に入る、と思っていないでしょうか?力や権勢だけで地位や象徴を奪い取っても、そこに徳がなければ、真の権威はけっして手に入らないと、考えられていますか?力を背景にした無礼な問いや圧力に対しても、怯まず、本質を突き返す静かな胆力を、持てていますか?

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