史記 / 楚世家
」居數月,淫益甚。大夫蘇從乃入諫。王曰:「若不聞令乎?」對曰:「殺身以明君,臣之願也。」於是乃罷淫樂,聽政,所誅者數百人,所進者數百人,任伍舉、蘇從以政,國人大説。
新字:」居数月,淫益甚。大夫蘇従乃入諫。王曰:「若不聞令乎?」対曰:「殺身以明君,臣之願也。」於是乃罷淫楽,聴政,所誅者数百人,所進者数百人,任伍舉、蘇従以政,国人大説。
書き下し
居ること数月、淫益ます甚だし。大夫蘇従乃ち入りて諫む。王曰く、「若令を聞かざるか」と。対へて曰く、「身を殺して以て君を明らかにするは、臣の願ひなり」と。是に於て乃ち淫楽を罷め、政を聴く。誅する所の者数百人、進むる所の者数百人、伍舉・蘇従に任ずるに政を以てす、国人大いに説ぶ。
現代語訳
数か月たっても、放蕩はますますひどくなった。大夫の蘇従が参内して諫めた。王は言った。「お前は私の命令を聞いていないのか」。蘇従は答えた。「我が身を殺して主君の名を明らかにするのは、臣として願うところです」。そこで王はついに放蕩の遊びをやめ、政務を執り始めた。誅殺した者は数百人、登用した者も数百人。伍舉と蘇従に政務を任せると、国じゅうの人々が大いに喜んだ。
解説
「我が身を殺してでも、主君の目を覚まさせる——それが、臣下としての、本望である」——命を賭した諫言と、それに応えた荘王の、劇的な一新を描いた一段です。荘王は、伍舉のなぞかけに「分かっている」と答えながら——その後、数か月経っても、なお、遊興は、いっそう、ひどくなるばかりでした。(これが、最後の見極めの、時だったのかもしれません。)そこへ、大夫の蘇従が、(諫言する者は死罪、と知りながら、)意を決して、王の前に、進み出て、正面から、諫めました。荘王は、(試すように、)こう言います。「お前は、(諫言する者は、死罪だという、)あの命令を、聞いていないのか(若不聞令乎)」と。蘇従の答えは、揺るぎないものでした。「(もちろん、存じております。しかし、)我が身を殺して、それによって、主君(の目)を、明らかにする(=過ちに気づかせる)ことができるのであれば——それこそが、臣下としての、本望であります(殺身以明君、臣之願也)」と。自らの命と引き換えにしてでも、主君を、正そうというのです。——この、命がけの一言が、荘王を、動かしました。荘王は、その場で、遊興を、きっぱりと、やめ、政務を、執り始めたのです。そして、その行動は、驚くほど、迅速で、徹底していました。(三年間の、沈黙の中で、見極めていた通り、)「誅殺した者は、数百人(=国を蝕んでいた、佞臣・奸臣たち)。抜擢し、登用した者も、数百人(=埋もれていた、有能な人材たち)」。そして、(命がけで諫めた、)伍舉と蘇従の二人には、国政を、委ねました。国中の人々は、大いに、喜んだ、といいます。(そして、この年、楚は、庸の国を滅ぼし、荘王は、覇者への道を、歩み始めるのです。)ここに、諫言とそれに応えることについての教訓があります。第一に、たとえ、自らの身が、危うくなろうとも、主君(上司・組織)の、致命的な過ちを、正すために、命がけで、諫める、その、真の忠誠(殺身以明君、臣之願也)。保身のために、沈黙するのは、忠誠では、ない。第二に、そして——その、命がけの諫言に、(怒るのではなく、)真摯に応え、直ちに、行動を改める、リーダーの、器。荘王は、蘇従を殺すどころか、その言を容れて、即座に、生き方を、変えた。耳の痛い忠告に、どう応えるかで、リーダーの真価が、決まる。第三に、改めるときは、中途半端でなく、(数百人を誅し、数百人を抜擢する、という、)徹底して、断行すること。そして、命がけで諫めた者を、(罰するどころか、)最も重く、登用すること。組織やリーダーの立場で、保身でなく命がけでも上司や組織の致命的な過ちを正すこと、耳の痛い諫言に真摯に応え直ちに行動を改める器を持つこと、そして改めるときは徹底して断行し諫言者を重く用いること——蘇従の諫言と荘王の一新は、諫言と、それに応える器を教えます。
この章句が説くこと
楚荘王蘇従の諫言殺身以明君臣之願也命がけの諫言保身でなく忠誠諫言に真摯に応える器