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史記 / 趙世家

王曰、齊民は俗と流れ、賢者は変と俱にす。故に諺に曰く、書を以て御する者は馬の情を尽くさず、古を以て今を制する者は事の変に達せずと。法に循ふの功は、以て世に高きに足らず、古に法るの学は、以て今を制するに足らず。

新字:王曰、斉民は俗と流れ、賢者は変と俱にす。故に諺に曰く、書を以て御する者は馬の情を尽くさず、古を以て今を制する者は事の変に達せずと。法に循ふの功は、以て世に高きに足らず、古に法るの学は、以て今を制するに足らず。

書き下し

王曰く、「齊民は俗と流れ、賢者は変と俱にす。故に諺に曰く、『書を以て御する者は馬の情を尽くさず、古を以て今を制する者は事の変に達せず』と。法に循ふの功は、以て世に高きに足らず、古に法るの学は、以て今を制するに足らず」と。

現代語訳

「凡人は慣習に流され、優れた者は変化とともに動く」——武霊王が、変化への向き合い方を説いた、この改革論の白眉です。武霊王は、「胡服」の改革に反対する重臣たちに、最後に、こう、突きつけました。「普通の人々(齊民)は、(何も考えず、)ただ、世間の慣習に、流されて、生きている(齊民與俗流)。しかし——真に、優れた者(賢者)は、(慣習に、しがみつくのではなく、)時代の変化と、ともに、(自らも、)動いていくのだ(賢者與變俱)」と。そして、二つの、鋭い諺を、引きます。第一に、「(馬術の)教本ばかりを頼りにして、馬を御そうとする者は、(目の前にいる、生きた)馬の、(その時々の)気持ちを、汲み取ることができない(以書御者不盡馬之情)」。教科書や、マニュアルに、頼りきる者は、生きた現実の、微妙な変化を、捉えられない、というのです。第二に、「(過ぎ去った)『古(昔のやり方)』を持ち出して、(今の)現在を、律しようとする者は、(今、目の前で起きている)事態の、変化に、通じることができない(以古制今者不達事之變)」。過去の成功体験や、前例を、今に、そのまま当てはめようとする者は、現在の変化を、見誤る、というのです。そして、武霊王は、結論します。「(ただ、)古い法に、(忠実に)従っただけの功績など、(せいぜい、人並みであって、)時代を抜きん出るには、足りない(循法之功、不足以高世)。(ただ、)昔のやり方を、(そのまま)手本とするだけの学問など、(変化した)今の世を、治めるには、足りないのだ(法古之學、不足以制今)」と。(この、断固たる論理と、強い意志によって、武霊王は、ついに、胡服騎射の改革を、断行し、趙を、強国へと、押し上げました。)ここに、変化への向き合い方についての教訓があります。第一に、凡庸な者は、(何も考えず、)ただ、慣習や、世間の流れに、身を任せて、流されるだけだが——優れた者は、(慣習にしがみつかず、)時代の変化を、いち早く捉え、自らも、変化とともに、動いていく(賢者與變俱)。変化に、抵抗するのではなく、変化と、ともに歩む。第二に、教科書や、マニュアル、過去の前例に、頼りきる者は、目の前の、生きた現実の、微妙な変化を、捉えられないということ(以書御者不盡馬之情、以古制今者不達事之變)。第三に、ただ前例を、忠実に守るだけの働きでは、(人並み以上の、)抜きん出た成果は、生まれない、ということ(循法之功、不足以高世)。組織や人生で、慣習に流される凡庸さでなく変化とともに動く賢者であること、教科書や前例に頼りきらず目の前の生きた現実の変化を捉えること、そして前例を守るだけでは抜きん出た成果は生まれないと知ること——武霊王の「賢者は変と俱にす」は、変化の時代を生きる者の要諦を教えます。

解説

あなたは、ただ慣習や世間の流れに身を任せて流されるのではなく、時代の変化をいち早く捉え、自らも変化とともに動いていくことができていますか(賢者與變俱)?教科書やマニュアル、過去の前例に頼りきって、目の前の生きた現実の、微妙な変化を捉え損ねていないでしょうか?前例や決まりを忠実に守るだけの働きでは、人並み以上の抜きん出た成果は生まれないと、理解していますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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