師導古典を学びたいすべての人に

史記 / 趙世家

王曰、先王俗を同じくせず、何の古をか法らん。帝王相襲がず、何の礼をか循はん。三王に至りては、時に随ひて法を制し、事に因りて礼を制す。法度制令は各おの其の宜に順ひ、衣服器械は各おの其の用に便す。故に礼も亦た必ずしも一道ならず、而して国を便にするは必ずしも古ならず。聖人の興るや相襲がずして王たり、夏・殷の衰ふるや礼を易へずして滅ぶ。然れば則ち古に反くも未だ非とす可からず、而して礼に循ふも未だ多とするに足らず。

書き下し

王曰く、「先王俗を同じくせず、何の古をか法らん。帝王相襲がず、何の礼をか循はん。三王に至りては、時に随ひて法を制し、事に因りて礼を制す。法度制令は各おの其の宜に順ひ、衣服器械は各おの其の用に便す。故に礼も亦た必ずしも一道ならず、而して国を便にするは必ずしも古ならず。聖人の興るや相襲がずして王たり、夏・殷の衰ふるや礼を易へずして滅ぶ。然れば則ち古に反くも未だ非とす可からず、而して礼に循ふも未だ多とするに足らず」と。

現代語訳

「前例に従うことが正しいとは限らず、前例を破ることが間違いとも限らない」——武霊王が、改革に反対する重臣たちを、論破した一段です。「胡服」の改革に、家臣たちが、こぞって、「昔ながらの、古い法に従うのが、よいのです」と、反対したとき——武霊王は、その、「前例主義」の根本を、鮮やかに、突き崩しました。「そもそも、(あなた方が、手本とせよ、という)昔の王たちは、(それぞれ、)習俗が、みな、違っていた。(では、いったい、)どの時代の、『古』を、手本にせよ、というのか(何古之法)。歴代の帝王たちも、(先代のやり方を、)互いに、踏襲しては、いなかった。(では、)どの、『礼』に、従えと、いうのか(何禮之循)」と。まず、「古に従え」という主張が、そもそも、成り立たないことを、示します。そして、歴史の真実を、突きつけます。「(聖王とされる、夏・殷・周の)三王に至っては——彼らは、(前例に、盲従したのではなく、)その時代に応じて、法を制定し(隨時制法)、その時々の事情に応じて、礼を、定めたのだ(因事制禮)。法や制度は、それぞれ、その時に、最も適したものに従い、衣服や道具は、それぞれ、その用途に、最も便利なように、作られた。だから——礼(決まり)は、必ずしも、(一つの)決まった道である必要はなく、国を、豊かに、便利にするやり方は、必ずしも、『古(昔のやり方)』である必要は、ないのだ(便國不必古)」と。さらに、決定的な、歴史の実例を、突きつけます。「(そもそも、)聖人が、(新たに)興って、王者となったときは、(先代を、)踏襲しなかった、からこそ、王者と、なれたのだ。逆に——夏や、殷が、衰えて、滅んだのは、(時代が変わったのに、)その古い礼(やり方)を、変えなかった、からこそ、滅んだのだ(夏、殷之衰也不易禮而滅)」と。そして、結論します。「してみれば——『古に背くこと』を、(頭から)間違いだと、非難することは、できない。そして、『古い礼に、従うこと』も、(それだけでは、)別に、褒めるに、値しないのだ(反古未可非、而循禮未足多也)」と。ここに、前例と改革についての教訓があります。第一に、「昔からのやり方(前例)に従うこと」が、必ずしも、正しいとは限らず、「前例を破ること」が、必ずしも、間違いとも限らない、ということ(反古未可非、循禮未足多)。前例は、それが作られた「当時の事情」に、最適だっただけであり、事情が変われば、最適解も、変わる。第二に、優れた者は、時代と事情に応じて、法や制度を、その都度、作り変えてきた(隨時制法、因事制禮)。そして、変えなかった者が、滅んだ。第三に、判断の基準は、「昔からそうだったか」ではなく、「今、それが、国(組織)を、豊かに、便利にするか(便國)」である、ということ。組織や改革で、前例に従うことが必ずしも正しくなく前例を破ることが必ずしも間違いでないと知ること、時代と事情に応じて制度をその都度作り変えるべきだと理解すること、そして判断の基準を「昔からそうか」でなく「今それが役に立つか」に置くこと——武霊王の論駁は、前例主義を打ち破る、明快な論理を教えます。

解説

あなたは、「昔からこうやってきた」という前例に従うことが、必ずしも正しいとは限らず、前例を破ることが、必ずしも間違いとも限らないと、考えられていますか?前例は、それが作られた「当時の事情」に最適だっただけであり、事情が変われば最適解も変わる——だから制度は時代に応じて作り変えるべきだと、理解していますか?物事の判断基準を、「昔からそうだったか」ではなく、「今、それが組織や人々の役に立つか」に、置けていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ