史記 / 晋世家
介子推の従者之を憐れみ、乃ち書を宮門に懸けて曰、龍天に上らんと欲す、五蛇輔と為る。龍已に雲に升り、四蛇各おの其の宇に入る、一蛇独り怨み、終に処所を見ずと。文公出でて、其の書を見て、曰、此れ介子推なり。吾方に王室を憂へ、未だ其の功を図らずと。人をして之を召さしむるも、則ち亡ぐ。遂に所在を求め、其の綿上の山中に入るを聞く、是に於て文公綿上の山中を環りて之を封じ、以て介推の田と為し、号して介山と曰ふ、以て吾が過を記し、且つ善人を旌さんと。
新字:介子推の従者之を憐れみ、乃ち書を宮門に懸けて曰、竜天に上らんと欲す、五蛇輔と為る。竜已に雲に升り、四蛇各おの其の宇に入る、一蛇独り怨み、終に処所を見ずと。文公出でて、其の書を見て、曰、此れ介子推なり。吾方に王室を憂へ、未だ其の功を図らずと。人をして之を召さしむるも、則ち亡ぐ。遂に所在を求め、其の綿上の山中に入るを聞く、是に於て文公綿上の山中を環りて之を封じ、以て介推の田と為し、号して介山と曰ふ、以て吾が過を記し、且つ善人を旌さんと。
書き下し
介子推の従者之を憐れみ、乃ち書を宮門に懸けて曰く、「龍天に上らんと欲す、五蛇輔と為る。龍已に雲に升り、四蛇各おの其の宇に入る、一蛇独り怨み、終に処所を見ず」と。文公出でて、其の書を見て、曰く、「此れ介子推なり。吾方に王室を憂へ、未だ其の功を図らず」と。人をして之を召さしむるも、則ち亡ぐ。遂に所在を求め、其の綿上の山中に入るを聞く、是に於て文公綿上の山中を環りて之を封じ、以て介推の田と為し、号して介山と曰ふ、「以て吾が過を記し、且つ善人を旌さん」と。
現代語訳
「自らの見落としを、率直に過ちと認め、それを、忘れぬために刻む」——名君・文公が、介子推への処遇の誤りを、悔いた一段です。恩賞から漏れ、山に隠れてしまった介子推を、憐れんだ、ある従者が、宮殿の門に、一つの詩を、書いて掛けました。「一匹の龍が、天に昇ろうとしていた。五匹の蛇が、それを、輔佐した。龍は、すでに、雲に乗って(天に昇り)、(五匹のうち、)四匹の蛇は、それぞれ、(恩賞という、)自分の住処を、得た。しかし——ただ一匹の蛇だけが、(報われずに、)恨みを抱き、ついに、身の置き所を、見つけられずに、いる」と。(龍は文公、五匹の蛇は、従った五人の功臣。報われなかった一匹が、介子推です。)宮門を出た文公は、この詩を、目にしました。そして、はっと、気づきます。「これは、(あの、)介子推のことだ。私は、(帰国して以来、)ちょうど、周王室の内紛を、憂えることに、追われていて、まだ、彼の功に、報いることを、(すっかり、)考えていなかった(未圖其功)」と。文公は、(言い訳をせず、)自らの、見落としを、率直に、認めました。そして、すぐに、人を遣わして、介子推を、召し出そうとしましたが——彼は、すでに、姿を消していました。必死に、その行方を捜させ、綿上の山中に、隠れ住んでいると聞くと、文公は、(もはや、本人を呼び戻すことは、できないと悟り、)その、綿上の山一帯を、そっくり、囲んで、介子推の領地として、封じました。そして、その山を、「介山」と、名づけたのです。その理由を、文公は、こう述べました。「(これは、)私の(見落としという)過ちを、(永く)記録し、忘れぬためであり、かつ、(介子推という、)善き人を、顕彰するためである(以記吾過、且旌善人)」と。ここに、過ちを認めることについての教訓があります。第一に、自らの、見落としや、不備を、(言い訳したり、取り繕ったりせず、)率直に、「過ち」と、認めること(未圖其功、記吾過)。文公は、忙しさを言い訳にせず、自らの過ちとして、引き受けた。第二に、そして、その過ちを、(隠したり、忘れたりするのではなく、)むしろ、形にして、刻み、永く、忘れぬための、戒めとすること(以記吾過)。文公は、山の名前に、自らの過ちを、刻み込んだ。過ちを、記録し、繰り返さぬための、教訓とする。第三に、報われずに去った、善き人を、(遅ればせながらでも、)正当に、顕彰すること(旌善人)。組織やリーダーの立場で、自らの見落としや不備を言い訳せず率直に過ちと認めること、その過ちを隠さず形にして刻み永く忘れぬ戒めとすること、そして報われなかった善き人を遅れてでも正当に顕彰すること——文公の「介山」は、過ちを認め刻む器の大きさを教えます。