史記 / 斉太公世家
太公至國,修政,因其俗,簡其禮,通商工之業,便魚鹽之利,而人民多歸齊,齊為大國。
新字:太公至国,修政,因其俗,簡其礼,通商工之業,便魚塩之利,而人民多帰斉,斉為大国。
書き下し
太公国に至り、政を修め、其の俗に因り、其の礼を簡にし、商工の業を通じ、魚塩の利を便にす、而して人民多く斉に帰し、斉大国と為る。
現代語訳
太公は封地に着くと、政治を整え、その土地の習俗に従い、礼を簡素にし、商工業を盛んにし、魚と塩の利を活かした。そのため人民の多くが斉に集まり、斉は大国となった。
解説
「その土地の実情に合わせ、複雑な決まりを簡素にし、産業を盛んにする——それが、人を集め、栄えさせる」——太公望が、斉の国を、たちまち大国へと育てた、その手腕を描いた一段です。周の建国の功臣・太公望は、その功によって、斉の地を、領国として与えられました。着任した太公望が、その国づくりで、行ったことは、明快でした。第一に、「その土地の習俗に、従った(因其俗)」。よそのやり方を、無理に押しつけるのではなく、その土地に、もともとある、人々の暮らしや習慣を、尊重し、活かしたのです。第二に、「(煩雑な)礼(決まりごと)を、簡素にした(簡其禮)」。人々を、細かい規則で縛るのではなく、決まりを、思い切って、簡単で、守りやすいものにしました。第三に、「商業や工業を、盛んにし(通商工之業)、(斉の地の利である)魚や塩の(交易の)利益を、活かせるようにした(便魚鹽之利)」。その土地ならではの、産業や資源を、大いに、振興したのです。その結果——「人々は、こぞって、斉に、集まってきて(人民多歸齊)」、斉は、たちまち、大国へと、発展したのです。ここに、国づくり・組織づくりについての教訓があります。第一に、その土地・その組織の、実情や、もともとの習慣を、尊重し、それに合わせて(因其俗)、物事を進めること。理想論や、よそのやり方を、無理に押しつけるのではなく、現場の実情に、根ざす。第二に、決まりごとや、規則は、複雑にせず、思い切って、簡素にすること(簡其禮)。細かい規則で、人々を縛るほど、活力は失われる。守りやすい、簡単な決まりが、人々を、のびのびと働かせる。第三に、その土地・その組織ならではの、強みや、資源(斉にとっての魚塩)を、見極めて、大いに、振興すること(通商工、便魚鹽)。そして、こうした、実情に合った、簡素で、活力ある運営が、人を集め、繁栄をもたらすということ(人民多歸齊)。組織や事業で、現場の実情や習慣を尊重してそれに合わせること、決まりを複雑にせず簡素にして活力を保つこと、そして自らならではの強みや資源を見極めて振興すること——太公望の斉の国づくりは、人を集め栄えさせる運営の要諦を教えます。
この章句が説くこと
太公望斉の国づくり因其俗簡其礼実情に合わせる決まりを簡素にする通商工便魚塩
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