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史記 / 孔子世家

孔子晩にして易を喜み、読むこと、韋編三たび絶つ。曰、我に数年を假さば、是くのごとくならば、我易に於て則ち彬彬たらんと。太史公曰、天下君王より賢人に至るまで衆し、当時は則ち栄え、没すれば則ち已む。孔子布衣なれども、十餘世に伝はり、学者之を宗とす。天子王侯より、中国六藝を言ふ者夫子に折中す、至聖と謂ふ可し。

新字:孔子晩にして易を喜み、読むこと、韋編三たび絶つ。曰、我に数年を仮さば、是くのごとくならば、我易に於て則ち彬彬たらんと。太史公曰、天下君王より賢人に至るまで衆し、当時は則ち栄え、没すれば則ち已む。孔子布衣なれども、十余世に伝はり、学者之を宗とす。天子王侯より、中国六芸を言ふ者夫子に折中す、至聖と謂ふ可し。

書き下し

孔子晩にして易を喜み、読むこと、韋編三たび絶つ。曰く、「我に数年を假さば、是くのごとくならば、我易に於て則ち彬彬たらん」と。太史公曰く、「天下君王より賢人に至るまで衆し、当時は則ち栄え、没すれば則ち已む。孔子布衣なれども、十餘世に伝はり、学者之を宗とす。天子王侯より、中国六藝を言ふ者夫子に折中す、至聖と謂ふ可し」と。

現代語訳

「学びに終わりはなく、晩年まで探究し続ける——そして、地位でなく、その徳と学びこそが、後世に残る」——孔子の学問への情熱と、司馬遷の讃辞を描いた、この篇の結びです。孔子は、晩年になってから、『易経』を、好んで学ぶようになりました。その熱心さは、並大抵ではありません。竹簡を綴じている、革の紐(韋編)が、繰り返し読むうちに、三度も、擦り切れて切れたほどでした(韋編三絕)。まさに「韋編三絶」——ものごとを、とことん、繰り返し学ぶことの、代名詞となった逸話です。そして、これほど深く学んでもなお、孔子は、こう言いました。「もし、私に、あと数年の時が、与えられたなら、(そうすれば、)私は、『易』について、(内容と形式が調和した)十分な理解に、達することができるだろう(我於易則彬彬矣)」と。生涯を通じて学び続け、晩年に至ってなお、「まだ足りない、あと数年あれば」と、探究への意欲を、燃やし続けたのです。司馬遷は、この篇を、最大級の讃辞で、結びます。「天下には、君主や王から、賢人に至るまで、(栄華を極めた者は、)数多くいる。しかし、彼らは、生きている当時は、栄えても、死んでしまえば、それで、(その栄華も、影響力も、)終わってしまう(沒則已焉)。ところが、孔子は、(王侯でも何でもない、)一介の庶民(布衣)でありながら、その教えは、十数世代の後まで、伝わり、学ぶ者は、皆、彼を、(学問の)宗主として、仰いでいる。天子・王侯から、六芸(学問)を論じる者まで、皆、その正しさの基準を、孔子(夫子)に、求めるのだ。まことに、(孔子は、)この上ない聖人(至聖)と、言うべきである」と。ここに、学びと、真に残るものについての教訓があります。第一に、学びや探究に、終わりはなく、生涯を通じて、いや、晩年に至ってもなお、学び続ける姿勢を持つこと(韋編三絕、假我數年)。どれほど深く学んだ人でも、「まだ足りない」と、探究を続ける。その、飽くなき向上心こそが、真の学びである。第二に、そして——生きている間の、地位や、権勢、栄華といったものは、その人が死ねば、たちまち、消え去るということ(當時則榮、沒則已焉)。第三に、それに対して、地位ではなく、その人が、生涯かけて培った、徳や、学問、生き方そのものは、(一介の庶民であっても、)世代を超えて、後世に、深く、長く、影響を与え続けるということ(布衣、傳十餘世)。組織や人生で、学びや探究に終わりはなく晩年まで学び続ける姿勢を持つこと、地位や権勢は死とともに消え去ると知ること、そして地位でなく徳や学び・生き方こそが後世に長く残ると理解すること——孔子の韋編三絶と司馬遷の讃辞は、生涯学び続けることと、真に残るものの尊さを教えます。

解説

あなたは、学びや探究に終わりはなく、生涯を通じて、いや、どれほど深く学んだ後でもなお、「まだ足りない」と学び続ける、飽くなき向上心を持てていますか?生きている間の地位や権勢、栄華といったものは、その人が去れば、たちまち消え去るものだと、理解していますか?地位や肩書きではなく、自分が生涯かけて培う徳や学び、生き方そのものこそが、後世や後進に、長く深く影響を与え続けるものだと、考えられていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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