師導古典を学びたいすべての人に

史記 / 呂太后本紀

王陵陳平・絳侯を讓めて曰、始め高帝と啑血して盟ふ、諸君在らざるか。今高帝崩じ、太后女主なり、呂氏を王とせんと欲す、諸君欲に従ひ意に阿りて約に背く、何の面目ありてか高帝を地下に見んと。陳平・絳侯曰、今に於て面折廷争するは、臣君に如かず。夫れ社稷を全うし、劉氏の後を定むるは、君も亦た臣に如かず。王陵以て之に応ふる無し。

新字:王陵陳平・絳侯を譲めて曰、始め高帝と啑血して盟ふ、諸君在らざるか。今高帝崩じ、太后女主なり、呂氏を王とせんと欲す、諸君欲に従ひ意に阿りて約に背く、何の面目ありてか高帝を地下に見んと。陳平・絳侯曰、今に於て面折廷争するは、臣君に如かず。夫れ社稷を全うし、劉氏の後を定むるは、君も亦た臣に如かず。王陵以て之に応ふる無し。

書き下し

王陵陳平・絳侯を讓めて曰く、「始め高帝と啑血して盟ふ、諸君在らざるか。今高帝崩じ、太后女主なり、呂氏を王とせんと欲す、諸君欲に従ひ意に阿りて約に背く、何の面目ありてか高帝を地下に見ん」と。陳平・絳侯曰く、「今に於て面折廷争するは、臣君に如かず。夫れ社稷を全うし、劉氏の後を定むるは、君も亦た臣に如かず」と。王陵以て之に応ふる無し。

現代語訳

「正面から諫めて筋を通す道と、あえて時を待ち大局で目的を果たす道——状況に応じて使い分ける」——直言の王陵と、権謀の陳平、二つの生き方を対比した一段です。呂太后が、(白馬の盟に反して)呂氏を王にしようとしたとき、王陵は正面から反対しました。しかし、陳平と周勃(絳侯)は、その場では「差し支えありません」と、太后の意に従ってしまいます。これを見た王陵は、宮廷を退いた後、陳平と周勃を、厳しく責めました。「そもそも、我々は、(生前の)高帝と、血をすすって盟約を交わしたではないか。あなた方も、その場にいたはずだ。今、高帝が亡くなり、太后が権力を握って、呂氏を王にしようとしている。それなのに、あなた方は、太后の意に、こびへつらって従い、あの盟約に背いた。いったい、どんな顔をして、あの世で高帝にお会いするつもりか(何面目見高帝地下)」と。正論であり、痛烈な非難です。しかし、陳平と周勃の答えは、意外なものでした。「その場で、面と向かって、堂々と諫め、朝廷で言い争う——その点では、我々は、あなた(王陵)には、とても及びません(面折廷爭、臣不如君)。しかし——(今は、あえて太后に従うふりをして時を待ち、)いずれ、王朝の社稷(国家)を守り抜き、劉氏の(正統な)後継者を、天下に確立する。その大事を成し遂げる点では、あなたのほうこそ、我々に及びますまい(全社稷、定劉氏之後、君亦不如臣)」と。(そして、実際に陳平と周勃は、太后の死後、機を捉えて呂氏を一掃し、劉氏の天下を回復したのです。)王陵は、この言葉に、返す言葉がありませんでした。ここに、二つの生き方についての教訓があります。第一に、正面から諫めて、その場で筋を通す道(王陵の直諫)と、あえて今は時を待ち、大局において目的を果たす道(陳平の権謀・忍耐)の、二つがあるということ。どちらも、(劉氏を守るという)同じ目的のための、異なる手段だった。第二に、その二つは、優劣ではなく、状況に応じて、使い分けるべきものだということ。今すぐ声を上げるべき場面もあれば、あえて沈黙し、時を待って、決定的な機会に大事を成すべき場面もある。第三に、自分の得意な道(王陵は直諫、陳平は権謀)を、互いに認め合い、批判で終わらせないこと。組織や状況判断で、正面から筋を通す道とあえて時を待って大局で果たす道の両方があると知ること、その二つを優劣でなく状況に応じて使い分けること、そして異なる生き方を互いに認め合うこと——王陵と陳平の対比は、状況に応じた身の処し方の知恵を教えます。

解説

あなたは、物事に対処するとき、「正面から諫めて、その場で筋を通す道」と、「あえて今は時を待ち、大局において目的を果たす道」の、二つがあることを、理解していますか?その二つを、どちらが優れているかではなく、状況に応じて使い分ける柔軟さを、持てていますか?今すぐ声を上げるべき場面か、あえて沈黙して決定的な機会を待つべき場面か——その見極めが、できていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ