史記 / 秦始皇本紀
陳涉之位,非尊於齊、楚、燕、趙、韓、魏、宋、衛、中山之君;鉏櫌棘矜,非錟於句戟長鎩也;適戍之眾,非抗於九國之師;深謀遠慮,行軍用兵之道,非及鄉時之士也。然而成敗異變,功業相反也。試使山東之國與陳涉度長絜大,比權量力,則不可同年而語矣。然秦以區區之地,千乘之權,招八州而朝同列,百有餘年矣。然後以六合為家,殽函為宮,一夫作難而七廟墮,身死人手,為天下笑者,何也?仁義不施而攻守之勢異也。
新字:陳渉之位,非尊於斉、楚、燕、趙、韓、魏、宋、衛、中山之君;鉏櫌棘矜,非錟於句戟長鎩也;適戍之衆,非抗於九国之師;深謀遠慮,行軍用兵之道,非及郷時之士也。然而成敗異変,功業相反也。試使山東之国与陳渉度長絜大,比権量力,則不可同年而語矣。然秦以区区之地,千乗之権,招八州而朝同列,百有余年矣。然後以六合為家,殽函為宮,一夫作難而七廟堕,身死人手,為天下笑者,何也?仁義不施而攻守之勢異也。
書き下し
陳涉の位、齊・楚・燕・趙・韓・魏・宋・衛・中山の君より尊きに非ず。鉏櫌棘矜、句戟長鎩より錟きに非ず。適戍の衆、九国の師に抗するに非ず。然れども成敗変を異にし、功業相反するは、何ぞや。然り秦区区の地を以て、千乗の権もて、八州を招きて同列を朝せしむること、百有餘年なり。然る後六合を以て家と為し、殽函を以て宮と為す。一夫難を作して七廟墮ち、身人手に死して、天下の笑と為る者は、何ぞや。仁義施されずして攻守の勢異なればなり。
現代語訳
陳涉の地位は、齊・楚・燕・趙・韓・魏・宋・衛・中山の君主より尊かったわけではない。鋤や鍬、いばらの柄の矛は、鉤戟や長槍より鋭かったわけではない。辺境送りの人夫の群れが、九国の軍勢に太刀打ちできたわけでもない。それなのに成功と失敗が逆転し、功業が正反対になったのはなぜか。そもそも秦は、わずかな土地と千乗の力から出発し、八州を招き寄せて、かつての同輩を朝貢させることが百年余り続いた。そのうえで天下を我が家とし、殽山と函谷関を宮殿の垣とした。それが一人の男が乱を起こしただけで七つの廟は崩れ、その身は人の手にかかって死に、天下の笑いものとなったのはなぜか。仁義が行われず、攻めるときと守るときとで、必要な力が違っていたからである。
解説
この章句が説くこと
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『新書』過秦上且つ夫れ天下は小弱に非ざるなり。雍州の地、崤函の固き、自若たり。陳渉の位は、斉・楚・燕・趙・韓・魏・宋・衛・中山の君より尊きに非ざるなり。鉏耰棘矜は、鈎戟長鎩より銛からざるなり。適戍の衆は九国の師に亢するに非ざるなり。深謀遠慮、行軍用兵の道は、郷時の士に及ぶに非ざるなり。然り而して成敗変を異にし、功業相反するは、何ぞや。試みに山東の国をして陳渉と長を度り大を絜り、権を比べ力を量らしめば、則ち年を同じくして語る可からず。然るに秦は区区の地を以て、万乗の勢に至り、八州を序して同列を朝せしむること、百有余年なり。然る後六合を以て家と為し、崤函を宮と為す。一夫難を作して七廟堕ち、身は人の手に死し、天下の笑いと為るは、何ぞや。仁心施さずして、攻守の勢異なればなり。
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史記 秦始皇本紀秦海内を并せ、諸侯を兼ね、南面して帝と称し、以て四海を養ふ。天下の士斐然として風に郷ふ。是の若きは何ぞや。曰く、近古の王無きこと久し。周室卑微にして、五霸既に歿し、令天下に行はれず。是を以て諸侯力政し、彊は弱を侵し、衆は寡を暴し、兵革休まず、士民罷敝す。今秦南面して天下に王たり、是れ上に天子有るなり。既に元元の民其の性命を安んずるを得んことを冀ひ、心を虚しくして上を仰がざる莫し。此の時に当たり、威を守り功を定むるは、安危の本此に在り。秦王貪鄙の心を懐き、自奮の智を行ひ、功臣を信ぜず、士民に親しまず、王道を廃し、私権を立て、文書を禁じて刑法を酷にし、詐力を先にして仁義を後にし、暴虐を以て天下の始めと為す。夫れ并兼する者は詐力を高び、安定する者は順権を貴ぶ。此れ取ると守ると術を同じくせざるを言ふなり。秦戦国を離れて天下に王たるも、其の道易へず、其の政改めず。是れ其の之を取る所以と之を守る所以と異なる無きなり。孤独にして之を有つ、故に其の亡ぶこと立ちて待つ可し。借使秦王上世の事を計り、殷周の跡を并せ、以て其の政を制御せば、後に淫驕の主有りと雖も、未だ傾危の患ひ有らざるなり。故に三王の天下を建つるや、名号顕美にして、功業長久なり。今秦の二世立つや、天下領を引きて其の政を観ざる莫し。夫れ寒ゆる者は裋褐を利とし、饑うる者は糟糠を甘しとす。天下の嗷嗷たるは、新主の資なり。此れ労民の仁を為し易きを言ふなり。
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史記 秦始皇本紀此の世に当たり、賢智并び列し、良将其の師を行り、賢相其の謀を通ず。然れども阻険に困しみて進む能はず。秦乃ち延き入れて戦ひ、之が為に関を開く。百万の徒逃北して遂に壊る。豈に勇力智慧足らざらんや。形利あらず、勢ひ便ならざればなり。秦は小邑も大城に并し、険塞を守りて軍し、塁を高くして戦ふ毋く、関を閉ぢ阨に拠り、戟を荷ひて之を守る。諸侯は匹夫より起こり、利を以て合し、素王の行ひ有るに非ず。其の交はり未だ親しまず、其の下未だ附かず。名は亡秦と為すも、其の実は之を利す。彼秦の阻みの犯し難きを見ば、必ず師を退かん。土を安んじ民を息ひ、以て其の敝るるを待ち、弱きを収め罷れたるを扶け、以て大国の君に令せば、意を海内に得ざるを患へず。貴きこと天子為り、富は天下を有ち、而るに身禽と為る者は、其の敗を救ふこと非なればなり。秦王は己を足れりとして問はず、遂に過ちて変ぜず。二世之を受け、因りて改めず、暴虐以て禍を重ぬ。子嬰孤立して親無く、危弱にして輔無し。三主惑ひて終身悟らず、亡ぶること、亦宜ならずや。此の時に当たりてや、世に深慮知化の士無きに非ざるなり。然れども敢へて忠を尽くし過ちを拂はざる所以の者は、秦の俗に忌諱の禁多く、忠言未だ口に卒はらずして身戮没と為ればなり。故に天下の士をして、耳を傾けて聴き、足を重ねて立ち、口を拑みて言はざらしむ。是を以て三主道を失ひ、忠臣敢へて諫めず、智士敢へて謀らず、天下已に乱るるも、姦上聞せず。豈に哀しからずや。先王は雍蔽の国を傷ふを知る。故に公卿大夫士を置き、以て法を飾り刑を設けて、天下治まる。其の彊きや、暴を禁じ乱を誅して天下服す。其の弱きや、五伯征して諸侯従ふ。其の削らるるや、内守り外附きて社稷存す。故に秦の盛んなるや、法を繁くし刑を厳しくして天下振るふ。其の衰ふるに及びてや、百姓怨望して海内畔く。
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史記 秦始皇本紀秦に亡矢遺鏃の費無くして、天下の諸侯已に困しむ。是に於て従散じ約解け、争ひて地を割きて秦に奉ず。秦余力有りて其の敝を制し、亡を追ひ北を逐ひ、伏尸百万、流血櫓を漂はす。利に因り便に乗じ、天下を宰割し、河山を分裂す。彊国は服を請ひ、弱国は入朝す。孝文王・荘襄王に延及し、国を享くること日浅く、国家事無し。秦王に至るに及び、六世の余烈を続ぎ、長策を振るひて宇内を御し、二周を呑みて諸侯を亡ぼし、至尊を履みて六合を制し、棰拊を執りて以て天下を鞭笞し、威は四海を振るふ。南のかた百越の地を取り、以て桂林・象郡と為す。百越の君首を俛れ頸を系け、命を下吏に委ぬ。乃ち蒙恬をして北のかた長城を築きて藩籬を守らしめ、匈奴を却くること七百余里。胡人敢へて南に下りて馬を牧さず、士敢へて弓を彎きて怨みに報いず。是に於て先王の道を廃し、百家の言を焚き、以て黔首を愚にす。名城を墮ち、豪俊を殺し、天下の兵を収めて之を咸陽に聚め、鋒を銷して鐻を鋳、以て金人十二と為し、以て黔首の民を弱む。然る後に華を斬りて城と為し、河に因りて津と為し、億丈の城に拠り、不測の谿に臨みて以て固めと為す。良将勁弩要害の処を守り、信臣精卒利兵を陳ねて誰何す。天下以て定まる。秦王の心、自ら以為へらく関中の固め、金城千里、子孫帝王万世の業なりと。秦王既に没して、余威殊俗に振るふ。陳渉は、罋牖縄枢の子、甿隷の人にして、遷徙の徒なり。才能は中人に及ばず、仲尼・墨翟の賢、陶朱・猗頓の富有るに非ず。足を行伍の間に躡み、什伯の中に倔起し、罷散の卒を率ゐ、数百の衆を将ゐて、転じて秦を攻む。木を斬りて兵と為し、竿を掲げて旗と為す。天下雲のごとく集まり響きのごとく応じ、糧を贏ひて景のごとく従ひ、山東の豪俊遂に并び起こりて秦族を亡ぼす。且つ夫れ天下は小弱に非ざるなり。雍州の地、殽函の固めは自若たり。
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史記 秦始皇本紀秦を滅ぼしし後、各其の地を分かちて三と為し、名づけて雍王・塞王・翟王と曰ひ、号して三秦と曰ふ。項羽西楚の霸王と為り、命を主りて天下を分かちて諸侯を王とす。秦竟に滅ぶ。後五年、天下漢に定まる。太史公曰く、秦の先伯翳、嘗て勲を唐虞の際に有し、土を受け姓を賜はる。殷夏の間に及びて微散す。周の衰ふるに至りて、秦興り、西垂に邑す。繆公より以来、稍諸侯を蚕食し、竟に始皇を成す。始皇自ら以為へらく功は五帝に過ぎ、地は三王より広しと。而して之と侔しきを羞づ。善きかな賈生の之を推言するや。曰く、秦は諸侯を并兼し、山東三十余郡、津関を繕ひ、険塞に拠り、甲兵を修めて之を守る。然れども陳渉戍卒散乱の衆数百を以て、臂を奮ひて大呼し、弓戟の兵を用ゐず、鉏櫌白梃にて、屋を望みて食し、天下に横行す。秦人険を阻むも守らず、関梁闔ぢず、長戟刺さず、彊弩射ず。楚の師深く入り、鴻門に戦ふ、曾て藩籬の艱無し。是に於て山東大いに擾れ、諸侯并び起こり、豪俊相立つ。秦章邯をして将として東征せしむ。章邯因りて三軍の衆を以て外に要市し、以て其の上を謀る。群臣の信ならざること、此に見る可し。子嬰立ちて、遂に寤らず。藉使子嬰に庸主の材有りて、僅かに中佐を得ば、山東乱ると雖も、秦の地は全くして有つ可く、宗廟の祀未だ絶ゆるに当たらざらん。秦の地は山を被り河を帯びて以て固めと為す、四塞の国なり。繆公より以来、秦王に至るまで、二十余君、常に諸侯の雄為り。豈に世世賢ならんや。其の勢ひ居然たればなり。且つ天下嘗て心を同じくし力を并せて秦を攻む。
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『新書』過秦下秦王貪鄙の心を懐き、自奮の智を行い、功臣を信ぜず、士民に親しまず、王道を廃して私愛を立て、文書を焚きて刑法を酷にし、詐力を先にして仁義を後にし、暴虐を以て天下の始めと為す。夫れ併兼する者は詐力を高び、安危する者は順権を貴ぶ。此を以て之を言えば、取与・攻守は術を同じくせざるなり。秦、戦国を離れて天下に王たりと雖も、其の道易えず、其の政改めず、是れ其の之を取りし所以にして、孤独にして之を有つ、故に其の亡ぶこと立ちて待つ可し。借使い秦王上世の事を論じ、殷周の迹を併せ、以て其の政を制御せば、後に淫驕の主有りと雖も、猶お未だ傾危の患有らざるなり。故に三王の天下を建つるや、名号顕美にして、功業長久なり。
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